本来、人間生活は宗教そのもの

そこでもう一度宗教というものについて考えていきます。宗教の起源とされているのは、ネアンデルタ-ル人の時代ということになっています。約6万年前です。発掘されたネアンデルタ-ル人の遺骨の上から花粉が検出されたということでそのようになっています。

つまり、死者に花を手向けたわけですね。人類史の最初から、死者に花を手向けて死を悼んだり、人に親切にしたり、人に優しくしたり、あるいは感謝したり、ということがあったのですね。お葬式も、6万年の歴史があるのですね。

そして、近年次々と発掘されている縄文遺跡等を見ると、祭事場を中心に集落が形成されており、墓地なども他界した年齢に応じて設けられています。また出土品は生活用具と祭祀用具です。

因みに、漢字の‘左右’は掲げた手の下に‘工’と‘口’の表記が加えられてできています。‘左’には‘工’が記されていますが、‘工’は神を呼び、神に祈るための呪具でありました。工を縦横に重ね合わせたかたちが‘巫’の文字になったとされていますが、‘左’の文字は巫術の呪器‘工’を左手に持つ状態を表しています。

‘右’の‘口’はサイに由来し、おわん形の器を指します。古代の巫術では、このサイという器の中に神への祈りを記す紙片を入れ、神意を問うたそうです。‘右’の文字は、巫術の呪器サイを右手に持つ状態を表しています。

こうした点からもわかるように古代の人間生活は宗教そのものでした。そして現代の文化形態というものは、その宗教を中心点として遠心分離的に発展してきたものだと捉えられています。岸本英夫氏の説です。

宗教の中の要素、例えば神話の世界が哲学に、村祭りの世界がスポ-ツや芸能に、おまじないの世界が医学や科学に、というように段々と細分化され発展してきたわけです。それが文化の発展です。ところが、中心の宗教というものが忘れられたり、宗教そのものが外郭の文化要素の影響を受けてしまったり、発展しなかったために、現代社会の抱える諸問題が発生しているのです。

ですから、現代社会の抱える諸問題というものは、根本の宗教を思い出し、しかも問い直すことによって解決に向かうのです。これが社会問題を解決するポイントです。