メ-ル交換⑤

 

Q.  前略

メ-ルありがとうございました。お心配りに感謝します。それから、23日夕方、小冊子2冊、無事届きました。2冊とも拝読させて頂きました。ありがとうございました。

楳木先生のメ-ルと小冊子を拝読し、あることを感じます。

長い間、恩師の指導に対して思うこと感じることを言えない環境の中で、私は徐々に恩師の指導を素直に受け取れなくなってしまっていました。その時から、既に信者失格なのかもしれません。今まで書かせてい頂いた悩みだけではなく、そんな不安も抱えていました。

この悩みと不安をうまく処理できず、どうやら自分自身が歪んでしまいました。誰から何を言われても、素直に受け取れなくなってしまったのです。自分ではいかんともしがたい拒絶反応のようなものが出るのです。そのリハビリに3年以上費やすことになります。

自分はあまりにも未熟。師の指導を素直に受け取れないとなると、余計に御神書しか拠るところはありませんでした。御神書を実生活の中に織り込みながら、その体験からの気付きを、同じ根であり枝葉の違う課題に応用していくことしか活路を見出せませんでした。

そして、不安の中いつもいつも主神様に祈りました。(中略)

様々な体験からの感想があっているのか間違っているか、明確な指導を受けることもなく、御教えの受け取り方も正しいかどうかはわからない、自分なりのものが出来上がってしまっている状態が今の私なのです。

歩む基準を御神書に求めながら、我流になっている状態。そのことを今日強く感じました。

● 人間と薬と病気の関係をわかりやすく伝えること。
● 浄霊奉仕を続けながら希望者を主神様にお繋ぎすること。
● 御神書を基準に日常生活自体を修行の場と捉え、その中で体験を積むことで、気付いたこと、覚りを得たことを確認しながら、それを応用していくこと。
● 自分の気付いたことを神様が与えてくださったことと捉え、大切と感じたことをできるだけ多くの兄弟に伝えて、人の気付き、覚りに繋がるお手伝いをその時その場で精一杯すること。

3年のリハビリの中で、とにかく今はこれを精一杯させて頂こうと思うに至りました。(大いに間違っているかもしれませんが苦しんだ末、自分なりに出した結論でした)

そして、この結論を行動にうつした頃、周囲の人が一緒にいるときに、浄霊を受けていないのに受けたとき特有の状態を口にするようになりました。

それを見て、明主様がそれでいい、と仰ってくださっているのかもしれない、と感じました。もちろん実際のところはわからないのです。周囲で起きたことで判断するしかない状態に身をおいています。

そんな中で、今、私は2度目の生まれ変わりの時期を与えられているのではないかと感じています。楳木先生に縁を頂いたのは、ご先祖様が導いてくださったのかもしれない、明主様がつたない願いをかなえてくださっているのかもしれないと思います。(勝手な思いを書いておりますので、失礼があればお許しください)

献金せざるをえない雰囲気で、サラ金でお金を借りて献金して経済的に苦しみ、経済に心囚われ健全な精神状態を失い、家庭環境も崩壊して私の導き親は離れていきました。大変多くの方をお導きさせて頂いていたにもかかわらずです。

その方の信仰状態の本当のところは知るすべもありませんし、この件の良し悪しも、小さな眼では判断がつきません。

ただ、多くの人と対話をする中で、経済に縛られると本来向き合うべきことに向き合いにくい環境が発生することは間違いありません。宗教に限らないことです。私自身、そうした時期が随分とありました。

それでも、主神様が必要とされるものは別ですが、凡人にはどれがどれやらわかりかねます。感謝を形であらわすことは大切なことです。誰に言われずとも、ご本人の自由意志でさせて頂いた感謝なら素晴らしいですが、導き親のこの結果から何を私は学ばせて頂いているのでしょうか?一言、浄化で片付けることなのでしょうか?

組織の主宰者が言われたことは明主様が言われたことと同じと必ず受け止めなければならないのでしょうか?時所位に応じてその時できるまごころの精一杯をさせて頂いても通るものではないでしょうか?人によってはお金で無くてもよいのではないでしょうか?師がお持ちの教師用の御神書には、苦しみながら献金するのも良し、いずれも良し、と書かれてあったにもかかわらず、こういうことが発生するのです。

私はこの件でも宗教組織に強い拒絶感を感じました。

主神様の御経綸の詳細はわかりません。わからないけれど愚かな私は思うのです。建物が人を救うわけではない。その建物の維持費用が信者に回ってきて自由意志ではなく半強制的雰囲気の中で徴収があり(もはや献金ではない)、そのお金に追われて私の導き親のようになってしまったり、そこまで行かないまでも、毎日の暮らしが暗く、地獄的な精神状態になってしまい、新たな人に天国的にお伝えする活動力をそがれる結果になっている。

こんなことを主神様は望んでいらっしゃるのでしょうか私にはわかりません。

どれだけ苦しい中でも、病気で動けなくて苦しいより幸せじゃないか、と心から覚るための修行なのでしょうか。どんなに言い聞かせても、自分の内側からの覚りでなければいつまでも長続きしません。言い聞かせることが長期間続くと今度は歪んでいってしまいます。借金やお金に追われるつらさは相当な苦しみです。天国的には思えません。

お金、お金、お金、何でもお金。組織の運営にはお金が要りますから仕方の無い一面もありますが、基本的には信者の真心のお金の範囲内で運営をするのが相応だろう、と私は感じます。主神様をできうる限り崇め奉るにも、お金が主ではなく真心が主であり、お金は従だろうと思うのです。

すべき感謝をすることと、この内容は別問題ではありませんか?楳木先生はこの件について、どうお感じになりますか?ご面談をお願いする前にお聞きしたいのです。

長い間どこにも行き場のなかった想いが、あふれ出るように書いてしまいました。表現の悪く、乱文をどうぞどうぞお許しください。

>神代文字と表現する人もいますが、

最近、ホツマツタエに関する3冊の本を読みました。(池田満著 展望社出版)直接お救いには関係が無いと思っていたので、霊のことや歴史文献は、あまり積極的に読まずにきました。

しかし奈良県大和地域に行くようになって、新しく出会う人出会う人から隠された日本の歴史があることを何回も聞かされるので、これは読んでおきなさい、ということかもしれないと思い読んだのです。神代文字とヲシテ文字は違うようですが、楳木先生の仰られていることはこれに関係することでしょうか?(後略)
<2005.2.24・2:57>

返信メ-ル  「お答え」

A.  前略。

2冊とも読んでいただき感謝致します。

さて、私は4歳の時に命の継ぎ足しを許されてから、メシヤ様の揮われる御力、御教えの絶対性を心身を通して学び、確信を得て、成人を迎えました。この事の一部は「浄霊」に引用しております。その後、世界救世教の教育機関「救世専門学院」で2年間学びを重ね奉職し、約二十年間教団組織人として生活をし、御神業に携わってまいりました。幸いな事に、本部と布教現場の双方で従事することができ、隈なく内情を知ることができました。

学生時代におおよその御教えは頭に入っておりましたので、組織の中では困惑の連続でした。御教えと組織上のあり方とのギャップに悩む毎日でした。また一方、私自身も志と実生活との間で揺れ、挫折しては光明を見付け、また挫折しては光明を見付ける、ということの繰り返しを続けました。そして、やっと平成11年不動の大光明ともいうべき方向性を見出したのです。

昭和59年の紛争について少しお伝え致しましたが、私はこの時「この教団改革が成就すれば、将来的には離脱教団とまた手を携えて行くことができる」と信じ、懸命に取り組みました。当初は皆の心は純粋で、取り組みは苦労の連続でしたが心は晴れ晴れとして鮮やかな奇蹟の連続でした。取り組みに対する神様の証が示され、御教えに基づく裏付けをいただく日々でした。しかし、人間の弱さによる委員会内の変質が重なりました。

私は、この一連の事象を目の当たりにして、「どうして変質するのか」を理解する事ができました。これも、現在の私にとっては「宝」の一つでしょう。

私は、『いよいよの時、初めて諸々、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる。』という御教えを肚において、御神業を進めております。ご縁の源はここにあると信じております。

また「浄霊を受けてないのに受けたとき特有の状態を口にする・・・」ということは、平成11年から、私の身辺でも起きております。メシヤ講座12月分で引用した体験がその一例です。また、波長を研究している方との面談の折、その方の自宅の部屋の電球が明るさを増したことが続きました。取り分け、御教えを口にしたり、メシヤ様の御事を話したりする時に顕著のようです。

そして、これは以前にもありまして、教団改革に励んでいた時期「言霊」が光ったり、煤けたりもして、深い感動を覚えました。お伝えすることがいっぱいで、メ-ルでは伝え切れません。

献金について

私は、教団改革に取り組む過程で、様々な場面に遭遇致しました。ある時は、精神科の病院で「明主様~」と叫んでいる人をお世話している方にも出会いました。泣けてくるようなことでした。最後の審判の型の一つである「精神病」を救う側の組織の中で、そうしたことが起きているなど知りもしませんでした。サラ金に手を出すということも、精神病の一種です。私は、現在も過去もサラ金地獄に陥った人々をお世話していますが、救えた人とそうできなかった人がいます。現在根気よく取り組んでいる対象者もいます。子供の頃から育て直さねばならない面があります。

そうした取り組みを重ねていれば、サラ金まで手を出して献金するということはあり得ないと思うのですが。そうしたことがあるとすれば、「時代苦を救う」という宗教の役割は果たせません。

しかし、前に所属していた教団(世界救世教三教団の一つ)の代表は、割当て的な上納目標について語り合った折「信者は神の奴隷」という表現を使用しました。このことも、教団を離れる要因の一つです。

かと言って、私は献金奉仕の尊さも体験してきました。私の家系のことについて恥部になることを明かさねば、そのことは話せません。私の兄は、社会人となってから金銭トラブルを起こすようになり、家に対して取立てが来るまでに到りました。そのために家計を圧迫し、私は中学2年生から「読売奨学生」として新聞配達をして奨学金を受けました。かなりの年数を重ねた時、家の前の国道を拡張することになり、多額のお金が入りました。家を改築して残ったお金は、元々ないお金ですから全額献金致しました。ちょうどMOA美術館建設期でした。ところが、それを境に兄は見違えるように変化したのです。

当時、居場所すら判らなかったのですが、神奈川県である会社の社長さんへ拾われ働くようになり、その仕事の資格を得るまでになったのです。そして、小さくとも専務という肩書きまでやがていただくようになりました。このことは、深い因縁が関わっておりますから、ここだけではお伝えできない事もあります。先祖が重ねたものの証とも言うべきものが、蔵の中に眠っていたのですから。

青年布教師時代というところでも触れておりますが、数々の御守護をいただき見せられてまいりました。しかし、それはどこまでも自発的な献金奉仕です。私は、「一割献金」を目標にすることは素晴らしい取り組みだと考えております。学生時代から私自身が取り組み、御守護に包まれて過ごすことができましたから、有難いことです。また、アメリカ社会もそうした取り組みの積み重ねによって現在を迎えている面があります。かといって、長年取り組んだ末年金生活に入った方などは(現役時と同額の献金奉仕を)続けられる訳はありません。私は、献金額を減らすようにお世話した信徒もいました。

会費がないのも、そうした事を踏まえてのことです。御玉串料は、祭典の際にはお供えしなくては参拝した事にはなりませんが、中身は自由です。感謝献金はすることもしないことも自由ですし、内容はもっと自由です。私はこのことを狂わさないように、自らに課しています。そのため、出張中手作りのお弁当など真心こもった品物をいただいた時は、明細を御神前にご奉告するようにしております。細かい話になってしまいました。

神代文字について

「ホツマツタエ」まで辿り着かれたのならば結構だと思います。日本は木の文化のために尊い文献が消滅していますので、残念なところがあります。ただし、古い神社などの御神体には今も残っているところがあります。

伊都能売神皇が釈尊に説いた折には使われていた、と想像しても無理にはならないのではないかと思います。以前、五輪塔の話しをしてありますが、仏教の中には脈々と流れております。(後略)

メシヤ教
楳木和麿<2005.2.24・17:52>