ご描画の御前に集うことの意義

皆様、おめでとうございます。本年も、「伊都能売観音」様の入仏記念式典にそれぞれの所属教団を超えてご参拝させていただきましたことを、非常に目出度く存じます。

宗教宗派というものを超えて入仏記念式典を執り行うことが許されるようになりまして二回目の式典になりますが、更に新たな志をお持ちの方が加わりまして大変喜ばしく思います。

ただ今拝読していただいた御教えの中で『神格』というものを考えさせていただきますと、「伊都能売観音」様というご存在は天照大神様の親神様ということになります。天照大神様と言いますと天照天皇、天照皇后に対する御神名として一般的に使用されますが、正式には天照皇大御神(アマテラススメラオオミカミ)とお唱えする場合は天皇にあたり、天照皇大御神(アマテラススメオオミカミ)とお唱えする場合は皇后にあたります。

その親神様である伊都能売神皇の御前に参集させていただいている訳です。そして、私達が『神格をいただく道』を拝読させていただきながら人格形成を目指す時に、畏れ多くも目指す目標の御一方の神様でもあります。

伊都能売神皇は絶対平和主義であられましたので、約三千年前朝鮮半島から素盞鳴尊が侵攻してきた時には、闘わずして皇位を天照天皇に譲られて国外へ出られました。そしてインドで釈尊へ仏説を垂れたのです。こうしてご参拝させていただき御前に額ずく私達の普段の言動というものは、そうしたご性格の神様に手を合わせるに相応しいものでなくてはならないのであります。そのご性格に沿う心・言・行を目指すことが求められるのです。

このことをお互いに自覚できたならば、本日の祭典に集うことに更なる意義が生れると思います。私達はとかく日常生活に追われていますと、目指すべき方向というものを見失ったりするものです。また、日々の感情に押し流されたりいたしますが、こうした祭典を通して“今の現状では良くないのではないか”と振り返る機会を持つことができるのです。

宗教団体は、本来、主宰神のご性格というものを自覚するように教導しなくてはならないのですが、そうした例は少ないように見受けられます。ここに集う者は、そのご神格とご性格というものを正確に受け止めさせていただき、相応した姿勢を志すことができるならば、この上ない慶事と言うことができます。

平成19年10月メシヤ講座より