月次祭の意義と参拝の姿勢について

代表:例えば月次祭の時に、天津祝詞と善言讃詞を奏上してから御神名を唱えるのかとか、これもそういう気持ち、想念面がはっきりしておかないと、どうしても月次祭の時にしゃきっとしない、ね。ああ今日もあるんだとか、いうような気持ちで臨んでしまう傾向になってしまう。

だから、主神様の御名というのは、宗教的に言うと、主神様と言った瞬間に主神様の大きい存在を限定してしまうという、そういう御存在だから。本当は人間が口にしてはいけないくらいの御存在なの。

しかし、口にしないことにはそのことを、御存在を認識することができないので、「主之大御神守り給え幸倍賜え」と唱えるんだけれども、人間が本来口にしてはいけないくらい尊い言葉を唱えさせていただくということは、大変ありがたいことなわけ。だからありがたいために、まず天津祝詞を奏上して浄めていただいて、浄まった後に地上天国建設されていく霊界作りの善言讃詞を唱えて、浄めて天国化された霊界ができて、はじめて「主之大御神守り給え幸倍賜え」と唱えることができるんだ、というような姿勢を持っておかないと、月次祭に参拝したことにほぼならない。


参加者:なるほど・・・。


代表:だからそういう姿勢作りを何時も自分に言い聞かせておかないと、どうしてもそこでやるから参拝するんだというようなことではね。


参加者:小さい時からずうっとそうだったから、余計に・・・。


代表:そうすると、そういう姿勢作りをしていくと、今日はちょっと小言になるけど、月次祭にはジーパンでは参拝しない。ちょっとドレッシーにメシヤ様が月に一度だけ、一番力をくれる日なので、その一番力をくれる日に合わせた服装を自分もしていくと。だから自分の持っている、この季節に着るもので一番いいもの、結婚式に着ていくようなのはちょっと派手だから、そういうのを除けた中で一番いいものを着て、そして神様の御前に額づくという姿勢作りを持っておいてもらうといいわけね。

で、そこまで尊い御神名を唱えることができたので、大変ありがたいという感謝の気持ちを一杯に膨らませて、これから私は一生懸命ね、神様の御心のまにまに、生活をさせていただくので御守護いただきたいという気持ちで、「惟神霊幸倍坐せ」と唱える。

ここまでの想念が寸分狂わずにずうっと持てた時に、私が前に出て、「月次祭おめでとうございます」と言ったそれが、本当に「おめでとうございます」になるわけ。そういう想念を持った人が一人でも増えていくことが、大事だからね。おとうさんやおかあさんは
出来ているので、その周辺の家族とか、そういう方達が、そういう想念でこの祭典に臨んでくれる。そのことによって、来る人がさらにその霊界にね、感化を受けていく。



参加者:なるほど。


代表:その霊界作りをするということが、まず月次祭の時には大事だからね。そういうふう頭を動かしていると、朝ね、黙ってても目が覚めるようになる。起きてやらなくっちゃーとね。これが『霊主体従の法則』に沿った生活ということになる。

平成24年7月 岡山支部直会午後の部より