絶対的な救済力を手にして、『霊主体従の法則』を知った者の取り組み

当時浄霊の奇蹟が御在世時よりも少なくなっていたり、問題解決の手法が御教えに基づいて確立されていなかったりするのも、そうした人々による運営だからなのです。4月度は、そうしたことを象徴する相談がありました。

これはどこの会場でのことかは言えませんが、かつて金銭問題の相談をある教団指導者に相談した際、「毎日教会のトイレを掃除するために通い、2カ月も続ければ解決します」と指導されて取り組んだが、十数年経っても解決しなかった、と言うのです。

金銭問題のうちの借金について考えれば、先ず『借金是か非か』をはじめとするメシヤ様の御教えがあります。次に、現実的な返済方法と金利というものがあります。そしてご自身の生計というものがあります。それらを総合して直ちに講ずるべきことを明らかにすべきです。そして、方向性を明らかにしたら、新たな対応策を継続するためには精神のバネを鍛えなければなりません。ここへ来て初めてトイレ掃除の話が有効的になる可能性が生れるのです。

そうしなければ、風水か何かの話となってしまいます。私達は『霊主体従の法則』に基づいて幸福論を展開しているのです。何と勘違いした指導者がいることか、と情けなくなってしまいました。しかし、方向性を示せば、「メシヤ講座」の参加者で具体的対処の仕方を見い出すことができました。これこそが、現在連載している内容で明らかにすべき趣旨なのです。

つまり絶対的な救済力を手にして、『霊主体従の法則』という真理を知った者が歩むべき道を、指導者は自らが範を示して信徒を教導してゆかねばならないにかかわらず、そうした取り組みを怠っているのが現実なのです。そのため浄霊は病気治し(実際は楽になる程度)に終始し、『信仰の奥座敷』へご案内できずにいるのです。また、信徒も御教え拝読不足のために指導者の体たらくを見逃してしまっているのです。

これでは『宗教の進歩』を望むことができず、そのため、布教現場では混乱が生じ、要らぬ苦労を背負わされているのです。信徒が『道楽』として布教できない有様なのです。メシヤ教の信徒は『道楽』として布教に取り組んでいると自負していますが、新たに「メシヤ講座」にご参加の方々にはこの点を自覚していただきたいために繰り返しお話しているのです。何故なら“ウソの上塗り”を重ねられてきた方々には繰り返して話さねば、抱えている勘違いを修正できないからです。

 

平成22年4月メシヤ講座より