メシヤ様の厳しい御教示

さて、鎌倉支部の書き込みと関連して、「メシヤ講座・特選集」の整理に取り掛かった日に、私の夢にメシヤ様がお出ましになりました。乱雑な机上のデスクが並ぶ事務所(御在世当時の本部事務所か?)に突如メシヤ様がお出ましになり、数枚の和紙を握っておられ『今から言うことをこれに書け』と仰いました。非常に早口に聞こえ、“当時の口述筆記者はこのスピードにお応えになったのか”と妙に冷静な感懐を持ちながら、“まずは下書きをして和紙に清書させていただこう”と机上の紙に書き留めさせていただきましたが、不十分なものでした。

メシヤ様が『まだ出来ないのか』と厳しく仰ったところで目が覚めました。青年専従者時代の様相の自分は、“これが御在世当時の御叱りなのか”と有り難く思うやら、“それにしても側近奉仕者はどこへ行ったのだろうか”と疑問に思うやら、“しかし、この厳しい御口調はどういう意味なのだろうか”と、晴れぬ心でしばし未明の天井を見つめていました。

一方、『天国の福音書』続篇に対する御催促とも拝されたのですが、御法難以降のメシヤ様を取り巻く情勢の一端を垣間見た思いも拭い切れず、夢の答えは出ないままでした。

そして、月末の清掃奉仕を汗だくになりながらさせていただき、本部の窓を全て拭き終える頃に、おぼろげながら明らかになるものがありました。

それは、「メシヤ講座・大阪」後の直会の際に、『文明の創造』の「未定稿論文」に記述された『国武彦尊』に関わる質疑で正鵠を欠いたところがあり、直ぐに関連する論文を想い出さなかったことに関係していました。つまりは、そのことに関わる御教示だったのです。

『文明の創造』御執筆の前年に御執筆された『時局と霊界』という御論文が在りますが、この論文中では明かされなかった内容に当たる、と受け止めれば良いのではないかと思わされたのです。まずは、引用します。

 

『時局と霊界』
  (地二十一号  昭和二十六年二月二十五日)現在世界の状勢は、実に有史以来未だ嘗て見ない程の、大規模な危機的様相を呈している。勿論第三次大戦は、絶対免れ得ない事は、世界の人間殆んどの頭脳を支配している観念であろう。何しろ五十以上の国々が、残らず関聯している痛切な問題であってみれば、其影響の大きい事も亦空前である。然し之は誰が目にも映る処の、現在世界の姿であるが此現世界の一切は霊界が根源であるとしたら霊界の実相が判らなければ、問題の根本は把握出来ないのは勿論である。先ず其事を知ってこそ、初めて将来の見通しもつき、心からの安心を得らるるのであるから、今それをかいてみよう。抑々、主神の御経綸は、将来地上天国建設の為、物質文化を或程度迄、進歩発達させなければならない。此意味に於て善と悪とを作られたのである。何となれば、此善悪の摩擦によって、現在見るが如き、絢爛たる物質文化が出来上ったからであって、今や天国出現の一歩手前迄来たのである。此事は常に私の説く処であるが、本論に入るに曩立って、一応はかかねば、新しく読む人には判り難いからである。霊界に於ては、人間が創造された時から、既に人間同志の闘争が始ったのである。その中で最も強者である者は、其時代の全地域に渉る一切を専有し、意のままに支配せんとする欲望を抱き、それを実現すべく善悪無差別的暴力を揮ったのも、今日と同様である。それによって漸次人智は発達し、人口も殖えるに従って、争闘の規模も拡大され、遂に今日に到ったのである。処が今日見るが如き世界的覇権を握るべく、計画を立てたのは、今から二千数百年以前であって、其主脳者こそ霊界に於ける、一大強力者である○○龍神であったのである。此龍神は○○○之尊という神に憑依し、暴虐手段を以て、世界を自由にしようとし、目的の為に手段を選ばざる的のやり方で、一時は成功したようだったが、九分九厘で失敗し、遂に主神の厳罰を受け、一応は悔改め善神に立戻ったのであった。すると○○龍神は、次々、其時代の力量ある人物に憑依しては、世界征覇の野望を達成しようとし、其都度失敗したが、彼等は懲りる事を知らず、今尚執拗に奮闘しつつあるのである。古来からの英雄、豪傑と言われる人物は何れもそれであった。彼等が一時は時代の英雄として、権勢飛ぶ鳥を落す勢いであっても、終には失敗し、其末路に到っては、哀れ儚なく滅びて了ったのは史実に明かである。近代に至って、彼のシーザー、ナポレオン、カイゼル、ヒットラー等も勿論それであった。茲迄かいただけでも、今日の事態の根本は大体判断がつくであろう。私は、右のような英雄を称して、世界の壊し屋の親方と常に言うが、何しろ之迄の世界は真の文明ではなく、人間と雖も半分は野蛮性が残っていた以上、霊的に言えば尠からず罪を犯し、罪穢を積んだのであるから、時々浄化作用の必要が起る。それには壊し屋も、掃除屋もなくてはならないから、英雄という掃除屋の出現も、神の経綸の一つの現われでしかない事を知るであろう。従って憤慨する事も、絶望する事も、大した意味がない事が判る。最後に私の事を、少しばかりかいてみるが昨年五月から六月にかけて、奇禍の為警察や刑務所生活で悩まされたが、其時の検察官諸君には、何れも○○龍神の眷族が憑依して私を責めたので、余り責め方が酷い時は私の守護神が一寸加減させるので、息がつけたのである。という訳で彼等役人と雖も実は右の霊に思わせられ、させられたのであるから、暫く経つと、あの時どうしてああいうように思われたり、あんな事をする気になったのかと、自分で自分が判らなかった事を、後悔するに決っている。以上は霊界の、ホンの一部をかいた迄であるが、多少の参考になるであろう。実はもっと深くかけば尚よく判るが、経綸上今はかく事が出来ないのを遺憾とするのである。

この御論文の末尾に『経綸上今はかく事が出来ないのを遺憾とするのである。』と御記述になられていますが、『文明の創造』御執筆と共に明らかにされた、と拝察されます。ですから、時系列で御論文を照らし合わせて拝読させていただくことをお勧めします。より深く理解が進むと思われます。

しかしながら、メシヤ様が御経綸上『かく事』の時期であることを御判断してのことであるにもかかわらず、弟子が危惧の念を抱いたことは「後記」に記述した通りです。

また、『従って憤慨する事も、絶望する事も、大した意味がない事が判る。』は、私達のあるべき姿勢を御教示くださっているのです。

そして、『善言讃詞』にメシヤ様が詠み込まれた『夜叉龍神も解脱為し』の意味も深みを増すのではないでしょうか。

ところで、夢の真相のことですが「これが『神の言葉』というものか」という万感迫る思いの結論でした。それだからこそ、メシヤ様は推敲を重ねられて『どういう表現であれば万民に理解させることができるのか』という御心を以って原稿に朱を入れられたのです。そこへ辿りついた際に込み上げる感謝の念は表現のしようがありませんでした。