「御守り」をつくられた理由などを御垂示

楳木代表

まぁ原稿を作って話そうとしたのですけれども、いろいろ飛び飛びになって話します。何故120歳まで御長命であられる予定だったメシヤ様の御肉体が散ったかというとですね、これは『天の数歌』に匹敵する内容なんですけれども、『ひと~ふた~み~よ~』という時の『ひと~』という『一』という時にはですね、『昭和初期から30年までの間は、まだその時の人々の神性が眠ったままであったので、岡田茂吉教祖という肉体を以って示して上げないと分からない人達ばっかりだったのだ。』と。だから『メシヤ様が朝御起床になられて御就寝になられるまでの動きを、御姿を側近奉仕者達はずっと拝してそれをみんなに伝えることによってメシヤ様という御存在を認識して、信仰のあり方をそうして見つめるようにしてきた。』ということと、『それからメシヤ様が体力の限界に挑むように、猛スピードで御光を書かれたように、そういう御姿を見せて皆の中に神性が蘇るような形をとってきた。』と。『だから御守りも必要だった。』と。そういうものを見せてみんなの中の心を育てて行くという取り組みをしたのだと言うことです。

しかし、メシヤ様が昭和29年に御浄化に入られて、御守りの御文字が書けなくなった時に、『もう本当は御守りはなくていいんだけどな。』と仰ったのは、『その時から御守りというものを見なくても、あるいはそういうものを首にかけなくても、メシヤ様を認識できる人間が出始める。』というところから、そういうことになったということです。

だから、『人間全体のレベルが上がって来ているので、御守り無しの御浄霊という体制を敷いた。』ということです。(それと共に、天の数歌の二に移り分裂が始まったそうです。これから三に入り、再びまとまるのが世界救世(メシヤ)教復興事業の中身だということです。)

 

平成28年7月メシヤ講座旧大阪支部より