『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓い給へ淨め賜へと申す事の由を』と何で唱えるのか?

我々の先祖達は、我々の背中に乗って来るんだけど、我々の所属する氏神様は主神様のお祭りに来ない訳がないので、来て、ここに整然とお並びになっておられる、ということですね。その中に『祓戸大神』がいらっしゃるわけです。『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓い給へ淨め賜へと申す事の由を 天津神国津神八百萬の神等共に天の斑駒の耳振り立てて』というふうに、これを繋げていくと、『祓戸大神』が主神様に一礼をして、そして前面に出て来て、まず、天津祝詞を唱えて、そして祓ってくださる。昔祭典の時に、修祓(しゅばつ)やってたでしょう?

 

受講者

やってました。

 

楳木代表

あれと同じ意味で、『祓い給へ淨め賜へと申す事の由を』がこの修祓(しゅばつ)になっていく訳です。

そしてこの『天津神』というのはまだ地上に降りて来たことのない神様達を総称して『天津神』と神道では捉えているわけです。『国津神』は一度地上に降りて来られた神様です。

そしてその次に『八百萬の神等共に天の斑駒の耳振り立てて聞こし食せと』だから、どうか枉事罪穢を祓い給へ淨めということを耳振りたててお聞き下さいというのが、天津祝詞なんです。

その祝詞を唱えた瞬間に『祓戸大神』が主神様の了解を得て、みんなの想念に応じたように祓って下さるわけです。

これが天津祝詞を奏上する時の姿勢なわけです。そうすると祓っていただけるだけの姿勢でもって、天津祝詞を奏上しなければ、その程度の祓いしかできないというわけですね。

(急いで手をたたく)パンパンパン、(急いで唱えられ)高天原に神留り坐す神漏岐神漏美の命以ちて~~、とお参りしたことあるでしょう?

 

 

楳木代表

しかも、それを分かった先達が、そういう祝詞をあげていかないとね。そういう言霊どおりの祓い事というのは出来ないわけです。

 

受講者

あんまり祓ってもらえてなかったかもしれないですね。

 

楳木代表

そうだね。

 

支部長代理

祓ってもらってない前にね、神様が出て来てないよ。

 

受講者一同

(笑)

 

支部長代理

こんな事(パンパンパン)でね、キチンと神様が出てくると思ってるか、でね。キツネみたいだよ。これで、御挨拶した気になってるだけでね、自分がね。だから神様に合わせてないわけです、神様の世界にね。

 

 

楳木代表

だからね、そういうふうに整然と並ばれている御神床を自分の中にイメージを描いて、前に進んで来ないと、キチンとした作法でお参りしないでしょ。

 

受講者

見えたらね・・

 

支部長代理

見えたら流石に出来ません(笑)

 

楳木代表

出来ないよ。

 

 

【平成23年9月メシヤ講座 旧大阪支部より】