日常生活で発生した罪穢には神様にお詫びし御用をすることが大切

受講者

諸々の枉事罪穢をというのは現実的には、物質文明の罪穢れをということでしょうか

 

楳木代表

枉事罪穢というのは、日常生活の何気ない会話とかね、親子の間でも平気で悪い言葉を吐いたりね、家庭の中でも出すでしょう。そこからの出発です。それで根っこを見ると『夜の時代』の悪い癖が残っているのですが、日常生活の中ではそういう事ですね。

それから口には出さないけども”あの人厭だな”とかね、思っていると、そこで悪い想念が宿ってしまうから。これが枉事罪穢の日常生活で起きることです。

 

受講者

そういった”ああ悪いことをしてしまった”と自分で気付いた時にはどのようにしていったらよいのでしょうか。ごめんなさいと・・・

 

楳木代表

お詫びをしないといけません。神様にお詫びを・・

 

楳木代表

神様にお詫びで良いのですか

 

楳木代表

いや・・人と人との間だったら相手に「ごめんなさい」と言わないといけないですよ、もちろんね。そして、神様にお詫びをすると、そしてお詫びをしたらそれで終わりでなくて御用が必要なのです。お詫びだけじゃだめなのです。お詫びの御用が必要なのです。

それは何でするかと言うと、肉体を使って御奉仕するか、人様に御浄霊をするか、あるいはお詫びのお玉串をあげるか、お詫びの仕方はいろいろあるのです。自分の出来る中でさせていただくのです。そういうふうにして行って下さい。

農家の人は自然農法をするということもお詫びの御用になりますね。やることが自分の回りにあるのは素晴らしいですね。

 

【平成23年9月メシヤ講座 旧三重支部より】