御教え集12号 ①悪の必要性

七月二十六日

いままで宗教でも哲学でもいろいろ説いたが、悪についてはあんまり説かなかった。軽く説いてある。私は悪について、まだまだいろんな方面から説くのですが、これが分からなくては、本当のことは分からないです。ですから現在の医学というものも、これは悪の現われです。これは必要悪です。これは医学が使っている薬が、これがまたよい材料です。薬で人間を弱らせるのです。寿命を縮める。これが必要だったというのは、人間が原始時代の毛むくじゃらな、まずい・・・食物でないような物を食って、始終裸で、やっと藁で作ったものを着て、穴でも掘って住んでいる。それが、身体が健康だと平気でそれをやっている。そこでどうしても身体を弱らせなければならない。弱らせるために藥を服ませたのです。薬を服ませると、そういう生活はできなくなりますから、なにか雨風を防ぐ家だとか、食物でもおいしい物を調理するとか智恵をしぼる。それから原始時代にいろいろ闘うが、闘うにはいろいろしなければならない。武器を作ったり・・・もっともその前に猛獣と闘っているが、その次に人間と闘ったということで、だんだん知識が進んできた。で、神様が人間を最初造ったときに、知識のほうを先に作られなかった。後まわしだった。で、知識を造るために人間をある程度弱らせなければならなかった。それで薬が良いように思わせた。人間はずっと最初は、病は浄化作用ということは知らなかった。そういうために藥を使っていたのです。観音様が薬師如来に化現したのはそういうためです。いま観音様が薬は毒だ、薬は毒だというのは矛盾していますが、それは時期です。時の関係でそういうことになる。いまは熱いから一重物を着ているが、これが冬になると温かい綿入れや火にあたったりする。そういうもので、神様の時期は何万年目に変わる、何千万年目に変わらせるというくらいのものですが、それでも神様からみると一瞬のものです。人間の目から何万年というが、神様の目では一秒かもしれない。もっと短いかもしれない。これが永遠の世界です。ところが人間の寿命というものは、長くてわずか一〇〇年くらいですから、どうしても考え方が短く考える。ですから文化を発達させるために争い、薬で弱らせるという、そういう手段をとったのです。

それでそうなったのです。これからは・・・これ以上やると行き過ぎになってしまう。そこで、ここらで止めてしまおうと・・・止めるには、本当のことを知らせなければ止めれないから、私が本当のことをみんなに知らせて止める。

そこで悪の闘争を止めて、それで人間の知識もここまで来れば、闘争で知識を進めるという必要がなくなったのです。やはり知識は進めて行きますが、今度は闘争でない方法で進めようと思う。それはミロクの世になってもドンドン発明発見はできます。いままでの発明発見とは違う・・・いままでの発明発見は、つまり戦争・・・人殺しの仕事です。できるだけ短い期間で、できるだけ多くの人間の命を取ろう、殺してしまおう、それを防ごうという知識を使った。今度はミロクの世になると、そういう知識でなくて、どうすれば人間が楽しめるか、どうすれば気持ちが良くなるか、どうすれば寿命が延びるか、という良いことの発明発見です。そういうことを言ってもちょっと信じられないですが・・・いままでにそういうことがなかったから・・・経験がないために夢のようにしか思えないのですが、ところがそれは神様ははっきりしているのです。そういうこともこれからだんだん説いていくつもりです。世界の人類に、いままで分からなかった本当のことを知らせることです。これが『聖書』の「天国の福音」なのです。それからが(その前にもありますが)世界の大転換・・・霊界では非常な大転換が起っているのですが、現界のほうにも、だんだんそういうことが現れてくるのです。それが、人間の目に一番分かりやすいのは、やっぱり病気です。このごろ伝染病なんか非常に増えてきました。赤痢だとか日本脳炎とか、ああいうものは非常な勢いで増えてきました。それから結核が非常に増えてきましたが、いままでは一時抑えの新薬で抑えてきましたが、これが新薬で抑えられないほどの浄化になったら、片っ端から肺病になってしまう。いま肺病の原料を作ってますが・・・ヒドラジドなんかはすばらしいものです。しかしそうなってからはみんなメシヤ教に頭を下げてくるのです。もうそう長くはないです。だいぶ近寄ってきてます。これが一番分かるのは、あなた方が浄霊してもだんだん効くでしょう。去年より今年、先月より今月と、ずっと早く治ってくる。これは霊界で火素が増えてきたためです。つまり、火素が増えてきたということは、浄化が強くなったのです。もう一息すると、てんてこまいする。それも、こっちではない、世の中です。こっちはいよいよ落ちついてよい。いままではこっちから奨めに・・・助けに行ったのが、今度は先方で助けてもらいたいと頼みに来る。

それまでの辛抱をしてもらいたいです。

そのくらいにしておきます。

 

【御講話篇7 P441】