『文明の創造』科学篇 心臓」(文創  昭和二十七年)

『文明の創造』科学篇 心臓」(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』149ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 大阪支部】

「心臓停止」と「脳死」の違い

楳木代表

今日は『心臓』という御論文を拝読させていただきました。

心臓という機能をメシヤ様はどのように解説してあるかというと、

『そこで三原素を吸収すべき主要機能としては心臓、肺臓、胃の腑である。即ち心臓は霊界から火素を吸収し、肺臓は空気界から水素を吸収し、胃の腑は物質界から、土素を吸収するのである。だから此理を基本として、人体の構成を見ればよく判る。』

ということですね。

心臓については、メシヤ様は霊界から火素を吸収するんだ、と。

でも、私達は物質的には、肺臓によって空気中から酸素を吸収している。そして心臓から全身に送り込んで細胞で燃焼して二酸化炭素を排出する、というふうに、だいたい教えられております。

それから食物を吸収するのは胃で、腸から栄養素を吸収して肝臓を経るなどして、そして心臓からまた全身に栄養を送るというふうに、学校では習ってきたので、心臓の役割についてはポンプの働きだという、現界の現象面だけを理解している面があります。メシヤ様の今回お話されてる『火素を吸収する』ということが抜けてしまうので、このことを明確にしておきたいと思います。

楳木代表

ね、脳死は死ではない。脳死というのは、脳というのは我々にとって何のためにあるのかというと、思考、・・まぁ一番、心の場合は、我々が考えたりいろいろ思ったりする時に使う臓器が脳であって、魂自体は心臓が止まるまでは抜けないのでね。脳死の段階で魂は抜けない。

だから脳死というのは死ではない。このことを我々は明確に、今日の御論文を基にもっておかないと、世の中のそういうものに流されてしまうわけですよね。

霊界と現界の繋がるところが心臓

楳木代表

それから、心臓は火素という最重要素を吸収する場所で、火素は霊界からいただくものですが、みなさん、お一人で真っ暗な部屋に閉じこもって、そこで心臓の音だけを響かせたら、どんな感じになりますか?

真っ暗のところで心臓の音だけを「ドッドッ」という音を聞くとなると・・・。

 

受講者

安心する感じになるかな?

 

楳木代表

安心するというのは、お母さんのお腹の中で聞いた音なので、安心するという面と、もう一つはそれだけを直接響いた音を聞くと、おそらくね、ちょっと不気味な音に聞こえてくると思います。

羊水というのを伝って聞こえてくる心臓の音は、お母さんの体内で聞く音なので心が安らぐんだけど、あの心臓の音を直接聞くと、少し気持ちが悪い感じがする、恐い感じがすると思う。

これは霊界から火素を送り込んでくる時の音なので、だから霊界に少し触れるという、いわば霊界の音が聞こえてくるわけだからね。

それが今日メシヤ様が解説して下さっている『抑々此機能は、霊界と最も密接な関係である点である。』ということです。

「霊界(霊)と現界(体)の密接に繋がるところが心臓」ということになります。

だから心臓に対する概念を、この御論文に基づいてもっておかないと世の中で動いていることに流されていくので、とりわけ、しっかり今回の御論文を拝読しておいていただきたいと、そういうふうに思います。

(中略)

受講者

心臓の病気を持っている人が病気が治ったら、すごく愛情が深くなるという御教えがありますよね。ということは、それはその霊素、火素をいただくことで愛が増えるとか、どういうふうなことになるんですか。

 

楳木代表

まぁ、一応医学的な「心臓を傷める精神状態は何か?」というと、敵対心が強いと心臓を傷めてしまうという、これは医者達が調べたデーターでね。敵対心を持ったり対抗意識が強いと心臓を悪くしていくという、データー的にはそういうのが、医学的には残っている。それをさっきの愛ということに比ぶれば、愛があれば、そんな敵対心なんかというのは、ないからね。

 

受講者

火素が十分に入ってきたら愛が強くなるから、敵対心があまり持たなくなる、強くなくなるということですか?

 

楳木代表

いやそれは、火素が入ってくるから、ではなくて、そういう人の気持ちとか、想念の世界が変わって来ると、心臓にはいい、ということ。

 

受講者

魂が浄まって、火素が入りやすい、ということ?

 

楳木代表

う~ん、だから、火素が入りやすくなる、というよりも、それが入ったことによって魂が浄まってくる。愛が充実してくる、と。

当然、愛のあるような人は、火素が霊界から十分入って来るから。そういうふうに充実してくるわけなんです。

 

(中略)

楳木代表

うん、それとね、心臓について面白い本は、「ゾウの時間 ネズミの時間(本川達雄著)」という本があるんだけど、どんな生き物でも心臓が一生の内で動く回数がだいたい決まっている。

それで、像は大きいけれども(強力ポンプが必要)、心臓がゆっくり動いているから長生きをするわけ。

ネズミは速い。まぁ動きもチョロチョロしていて速いけど、心臓も物凄く速いので、だから寿命も早いというのを、医学的に調べながらまとめた本がある。薄い本ですけどね。

ああいうのを見ていると、主神様が心臓というものをお創りになった時の、そこに込められているいろんな仕組というのがね、凄いということがわかる。ドラム缶40本を毎日送りつつ、しかも何回まで生涯動かせるというのを仕組んでいるわけなんでね。

 

支部長代理

人間は確か1日10万回動くんですよね。その仕組みも素晴らしいですね。

あるどこかの本に書いてあったかと思うんですけど、心臓を動かす最初は何かというと、人間には意識するものと無意識というのがあって、意識する時は大脳にきて、大脳から電気信号を出して中枢神経ですね、そこを通って心臓を刺激し動かす。しかし面白いのは、無意識というものがあって、自分では意識してない。そういうXみたいな、そういう無意識というものがあって、大脳に作用しているんだと。だから電気信号が送られてきて、いわば自律神経ですよね、それによって勝手に動いているんだと。その始まりを考えると面白いなぁと思いますね。だから無意識という、そういう存在を認めているという・・。これは解剖学の方も言ってたんですけどね。

 

楳木代表

なるほどね。まぁ臓器としては、メシヤ様はそういう意味で『延髄をよく浄霊しなさい』というところが、その無意識のうちの臓器的には一番大事なところなのでね。延髄がすべてを、無意識を動かしているんだから、みんな眠っている時に呼吸しているわけだし、心臓も動いているわけなのでね。

 

【メシヤ講座 浜松支部】

三原素を吸収する機能について

楳木代表

それから150ページの後ろから2行目に

『そこで、三原素を吸収すべき主要機能としては心臓、肺臓、胃の腑である。即ち心臓は霊界から火素を吸収し、肺臓は空気界から水素を吸収し、胃の腑は物質界から、土素を吸収するのである。だから此(この)理を基本として、人体の構成を見ればよく判る』。

とありますが、これが『心臓から火素を吸収』するというふうにメシヤ様が御説きくださっていることであります。

一番わかりやすいのは、我々は野菜などを食することによって、土素を吸収するのですが、この土素という霊気が充実しているときには、野菜は腐ったりしないわけです。しかし、この土素という霊気が抜けてくると、野菜は傷んでくるわけです。この霊気をいかに保存するかということで、例えばさつまいもが採れたら、さつまいもを籾殻の中にいれておいたら、いつまでも悪くなりません。これは霊気を保存することが、籾殻によって保存してくれるので、それで傷まないということですね。

それから、23日には岡山支部がここにレンコンを御供えしてくれます。レンコンは土のついたままで保存していると傷みませんが、洗って保存するとレンコンはすぐに傷みます。これは、土を付けていると、土素の霊気が抜けにくいのでそれで保存が利くということです。

まあ、こういうふうに考えていくと、我々は野菜を食べるときにその土素を吸収するので、土素が充実している野菜を食べるほうがより健康に恵まれるということです。この場合、野菜の中に農薬や化学肥料が残存していると、その分、土素の充実が妨げられるので不健康になっていくという、ここで私たちの自然農法産の野菜を手にするということ、あるいはお米を手に入れるということがいかに重要かということがよくわかるのではないかなと思いますね。

まあ、こういう話をすると、最近は都会でも水耕栽培をビルの上でやるとかということをしていますが、「水耕栽培はいかがでしょうか」という質問がよくありますが、水耕栽培の場合、残念ながら、土素が非常に吸収しにくいという点と、もう一つは土の中から野菜は何を吸い上げているかというと、土の養分を吸い上げているわけですが、大事なことは土から一生懸命養分を吸収するときに、いわゆるミネラルの中の鉱物も吸収しているのです。この鉱物が何故人間にとって必要かというのは、自分達は自然界からこの鉱物を吸収することができないのですが、野菜を食べると鉱物を吸収することができます。この鉱物を吸収することによって、我々の神経の中の電気的信号の伝達ができるのです。我々が野菜を食べないと、どうして死に至るのかというと、この鉱物がだんだんなくなっていくために、神経の電気信号が伝わらなくなります。そのために生命維持ができなくなって、死に至るというわけです。

その最もわかりやすいのが、心臓で言えば、何故ペースメーカーを入れるのかというと、ペースメーカーから電気を送って心臓をきちんと動かすという、そういう電気信号を送るのがペースメーカーなのです。医学の解剖面が進んだために、ペースメーカーというものを物質的に作りだして、そして心臓の不整脈の方々にはそれを入れてきちんと動かすようにできるようになっています。

しかし、私たちが健康な食生活をして薬物を入れなければ、そういう症状が起きる必要がないわけですね。

こういうことを考えていくと、メシヤ様の時代には、心臓の手術ができませんでしたが、今は心臓移植までできる、できるというかやっている時代になっています。

心臓移植をした場合、アメリカの人たちが心臓移植手術を受けての一番の問題点はいつもお話しているとおり、我々は100人の前で何かこれについて話をしてくださいとか、挨拶をしてくださいというと、結構ドキドキします。しかし、心臓移植を受けた人はそういう場面でもドキドキしないのです。それは自分の心臓ではない、他人の心臓が入ってきているために、感情とつながらないのです。だからお金があって心臓移植を2回目にしようとするときには、悩む人が多いそうです。それは生きている実感がないからです。確かに心臓は動いていて、こうやって生きているけれども、ドキドキしたり・・・というようなことが起きないので、生活をしている実感がないということで、ずいぶん悩むそうです。

だから必ず臓器移植、とりわけ心臓移植をした人にはカウンセラーが必ずついて、カウンセリングをしながら生きていかないと、人間としてまともに生きていけないという症状が起きてくるそうです。心臓はそのように非常に性格に影響を及ぼす内容になっています。

それから今、最先端の医療では、どういう生き方をしている人かとかどういう性格の人がこういう病気になりやすいということを研究しているところがあります。

例えば敵対心の強い人とか、対立的にいつも考えているような人は、心臓を悪くする、と医学的には統計がでています。ですから、心臓が悪いという人を見ると、そういう性格かなと思ったりもするのですが、決め付けると非常によくないので、左肩をよく浄霊して御守護いただくようにお祈りするのですが、まあ性格的なことも影響を及ぼしているのです。

それから、もうひとつは私が布教師時代にふぐを釣って、今、ふぐが美味しい時期になっていますね。この遠州沖でも美味しいふぐがずいぶん採れますが、最近、浜松でふぐをなかなか食べていないのですが、ふぐが美味しいです。この素人がふぐを釣って、食べようとすると、毒をとることをちょっと間違えて食べてしまうと、毒にやられてしまいます。

そういうことをやって、肝を3つ食べた人の奥さんから、「実はふぐの毒に当たって今、病院で死にかけているけれど御守護お願いします」と電話があったことがありました。

すぐに走っていって、そこで私よりちょっと年上の人だったので、「弟ですが、先生どうですか?」と医者に聞いたら「精一杯の処置をしていますが、毒が体中に回っていって、この毒が心臓に到達するともう死んでしまいます。しかし、心臓までに到達しなくて終わったとしても、ふぐなので不具者になります。どこかに後遺症が残りますので、覚悟しておいてください」と言われました。

それで「ちょっと会えますか?私は信仰をしているので、お祈りをしたいのですが」と話すと、「ちょっとだけなら良いですよ」と処置室に連れていかれて、浄霊をしたときに医者が心臓まで毒がいくと死ぬということなので、まず心臓を、重点的に浄霊しようということで、寝ている処置室の固いベッドでね、こんなところで病人をモノみたいに扱うあの処置室のベッドで、非常にお粗末なベッドで横たわっている人に、メシヤ様にお願いして浄霊を、心臓の上に手をかざした瞬間に寝ていたのに、バーッと目を開いて私の方を睨んだので、「最期かな」と思ったのですが、また浄霊を続けていたらフワーとなったので、何とか御守護いただきたいなと思って15分くらい浄霊をしたのですが、おかげでその人は心臓に毒が到達しないですみ、しかもその人はタクシーの運転手をしていたのですがまたタクシーの運転手に復帰することができましたので、後遺症も残らなかったのでよかったのです。

だからこういうふぐの毒とかをみたときに、心臓まで到達すると生命がなくなると。そして心臓が生命維持の最後の砦みたいなところにやはりそういうところからなるなとそのとき強く感じました。

 

人間の死について

楳木代表

また今日の御論文を拝読すると人間の死というものは、臓器移植の中から、脳死が人の死だと決めておりますが、決して脳死は死ではないのだと。心臓停止こそが死なのだと。そういう我々は認識を持って事に当たらないと、医者たちの都合の良い法律で物事が動いていくということ

になりますので、心臓停止こそ死なのだということをよくよく認識しておいていただきたいと思います。

それでついでのはなしで江戸時代の生活模様を見ていると、だいたい江戸時代は人が亡くなっても遺体を一週間は家に置いてありましたね。

それは心臓が止っても、また動き始める可能性があるので、それで一週間は様子を見る。それで一週間経っても死んでいる状態であれば死とするという、そういう風習でした。なぜかというと昔は土葬でしたので、亡くなったといってお棺に入れて土に入れてしまうと、お棺に爪のあとが残っている場合が多かったみたいです。やはり生き返ってそして、「開けてくれー」と叫んだあとが見てとれます。これをアメリカ映画でいうとゾンビというふうに組み立てて映画を作っているのがあのような映画なのです。やはり土葬すると、一週間以内に生き返る可能性があると、そういうことがありますので、今、火葬をしてしまうので翌々日くらいには完璧に亡くなってしまっています。途中でお棺に火が点いたときに生き返る可能性もあるのではないかなというふうに思うところがあります。

だから、今、○○教団で、かなりアフリカとかで発展しているのは、浄霊して生き返る人が多いので、発展しているところがあります。やはり向こうでは自然の法則に沿った生活をしているところがあるので、亡くなっても何日間も置いてあるので、あるきっかけで息を吹き返すこと起きるので、そこへちょうど浄霊がされるとその確率が上がってくるので、おひかりをいただくという人が増えているようです。そんなことも今回の心臓のところでは、思い浮かぶところであろうかなというふうに思いますので、そういうことを心に留めてまた一ヶ月間この心臓の御論文を拝読しては、他のところも拝読していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

【平成24年12月メシヤ講座 各支部より】