地上天国建設に繋がっていかない最大の理由

代表先生
先月も少し触れましたけども、私たちの浄霊が地上天国建設に繋がっていかない最大の理由は、メシヤ様の教えをですね、「三千年間の『夜の時代』の考え方」引きずって拝読することによって地上天国建設を妨げております

昼の時代に切り替えるような気持ちでですね、御教え拝読をしていかないと、なかなか・・、そしてその上に、浄霊というのを実践させていただかなければ、地上天国建設ということはなかなか難しいということであります。

 

もう一方ではですね、私たちは子供のときからいろいろ躾けられるときにですね、「ご飯を食べてすぐ寝たら牛になるぞ!」と言われた人います?ね、そうすると、そういうふうにして、躾けられた人は、悪いことをすると悪い報いがくるというふうな頭になりますね。もっと酷いのは、「おまえ角が生えてくるぞ」とかいう親もいるわけだし、祖父母もいるわけですね。そういう中で育っていくと、「悪いことをするとバチが当たる」という考え方が頭の中にきます。この「バチが当たる」という観念が頭の中にしっかりあると、浄化をいただいたときに、「バチが当たった」ということが、少しそこに加味されて考えてくるので、浄化が怖くなります

しかし、御教えを拝読すると『浄化作用』というのは、私たちが健康を維持して、老後を迎えるために必要不可欠な「神様の愛」で起きてくる、そういうものであるはずなんですが、そのバチが当たるという観念があると、“浄化作用は何かしたために起きたんじゃないか?”と、例えば、前の教団時代のことを考えていただくと、なんか具合の悪いことが起きたら、「あんた参拝しないからよ」というようなことが起きてきます。そういう言い方をしてます。「あんた方最近変じゃないの?」と。浄化をしたら、「良かったわね、お赤飯を炊きましょう」と、「みんなでお祝いしましょう」というのが本来メシヤ様の教えなんだけれども、どうしても指導者側がですね、都合のいいように、「あんた最近顔を見せてないから、そんなことが起きるのよ」という言葉がでてくると、この浄化作用は本来の浄化作用ではない方向で、浸透していってしまいます。

まぁそういうことが起きるのと、もう一つはですね、私たちが日常生活でいろんな想念が起きてきます。人といろいろ会話をしているうちにですね、カチンときたり、“何この人言ってるのかな”ということに出会ったり、こっちがカチンときたりしてしまいます。しかし、メシヤ様はいろんなことが起きてくるのは自分の曇りにたいして起きてくるわけなので、カチンをくることがあった場合は、自分にカチンとこさせないといけない何かがあるということを考えないといけないわけですね。

明らかに理不尽なことは理不尽なこととして排除していかないといけないんですけれども、そういうようなことが日常生活に起きたときには、自分側に何か曇りを発生させているということがあるということを一つは見ておかないといけないわけですね。

なぜ曇りが発生するかというと、自分の心の中にですね、があるというのと、以前言霊(ことたま)の説明をしたときにですね。まぁ御夫婦の場合、奥さんの悪口を言ったり、主人の悪口を言うと、だいたい肩に曇りが・・、言霊(ことたま)の曇り夫婦の場合はだいたいにくるという話をしたことがあると思います。

それから天気にたいして、「もう今日は蒸し暑いわね、梅雨になってもぜんぜん雨降らないし」とか言って、天気にたいして不満を言ってると、に曇りがかぶさってきます。

それから自分の子供の悪口とか言ってるとにくるとか、そういうその言霊(ことたま)のなかでの曇りが発生した場合、自分の体にくっついてくるところの説明をしたことがありますけど、これは自分自身の何気ない言動で起きてくるわけです。

何気なく言ったことが曇りを発生させる訳です。

そして、しかも相手に投げかけた言霊(ことたま)でも、全部自分に返ってくるということですので、自分に曇りを作っていってるということです。日常生活で、これではですね、地上天国を建設していくことのできる人間にはならないので、その「心の癖を取るというために、月次祭に毎月皆さん方は来ているわけです。

そして、この精神的なというのは無意識に起きてくるので、自分でなかなか自覚できないところがあります

しかし、いろんなことが起きてくると、そのことを通して、自分の、“ああいう時にああいう言葉を発したことがいけなかったんだなぁ”と、“ああいう対応の仕方が悪かったんだなぁ”と反省します。ところが、反省してもまた同じような場面にでたとき、また同じような言葉が出たり、同じような行動を起こしたりします。

“これではいけないなぁ”とだんだん信仰していると気付き始めるんですけど、これを「直す」「改めていく」ということがなかなか難しい面があります。

この改めていくということが「大きな壁」のように、我々の前に立ちはだかってきますので、それを「乗り越える力」を神様が下さるわけです。

だから、メシヤ様は、『神様にお祈りするときには「力を下さい」と祈りなさい』というふうにおっしゃっているのは、そういうところなわけですね。

 

そうすると、仕事をお持ちの方とか、諸事情をいろいろ抱えているなかで、ここに足を運ぶということを毎月毎月させていただくということは、「自分の都合よりも神様側に合わせるという生活」を、ずっーと、ひと月の間に積み重ねなければいけません

そういうことと、ここでお参りをすることによって、「自分の癖」を取ってですね、そして「神様中心の生活」ができる、そういう本来の「『昼の時代』に住むことのできる人間」になっていくということを、この月次祭を通して、私たちは日々ですね、魂のなかにそういうものを築きつつ、生活していっているわけですね。

ですから、今までの式次第とは違って、「月次祭おめでとうございます」というのを先に挨拶をするように今年からなっているのは、そういうことをお互いに感謝して、「めでたいことだ」とお互いに言い合うために、そういう式次第になっているわけです。

それが月次祭の大きな意義としてあるのと同時に、浄霊をいただく時にもですね、この自分自身の曇りを発生する場所に浄霊の光をいただいて・・、自分を天国天人になるようにメシヤ様の御光によって浄めていただくという姿勢をもって浄霊をいただかないと、「楽になった」「調子よくなったわ」の浄霊をいつまでも続けてても、この世の中はいつまで経っても地上天国はできないんです。

また、今は薬毒がずっ~と浸透していって、もうこの世の中を覆ってしまっているような状態です。

これではなかなか地上天国建設というのは難しいですので、どうかお一人お一人が心新たな気持ちになってですね、メシヤ様から御力をいただいて、御光をいただいて、地上天国建設を推進することのできるお一人お一人になっていただきたい、そういうふうに切にお願いするところであります。