『文明の創造』科学篇 総論 手術(文創  昭和二十七年)

『文明の創造』科学篇 総論 手術(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』225ページに記載されています。

 

代表先生

それでは・・・今月も非常に長い御論文でしたが、冒頭に

『近来、医学は大いに進歩したといひ、取り分け手術の進歩を誇称してゐるが、私から見れば之程の間違ひはあるまい。考へる迄もなく、手術が進歩したといふ事は、実は医学が進歩しないといふ事になる。といふと不思議に思ふであらうが、手術とは言う迄もなく、病に冒された機能を除去する手段であって、病其ものを除去する手段ではない。判り易く言えば、病気と其機能とは密接な関係はあるが本質は異ってゐる。従って真の医術とは病だけを除って、機能は元の侭でなくてはならない筈である。』

と、こういうふうにメシヤ様が昭和27年に御指摘されております。

それから約60年経った今日、その手術はですね、さらに技術的には進歩しておりますけれども、根本的に肉体の機能を残しつつ病だけを除去するという手術は未だに出来ておりませんので、メシヤ様が医学者にもっと研究を重ねてもらいたいというのは、こういうことであろうかと思います。

年末年始もですね、各地から様々な電話とかメールが来ているんですけれども、まぁ一番驚くべきことはですね、昨年の秋に医者から肝臓癌を宣告されて、来年の4月まで(今年の4月のこと)の余命宣告をされたご婦人なんですけれども、もう年も年なので浄霊に縋って手術は止めようということで浄霊をずっとしておりましたら、年末に血液検査をしたら、癌症状が消えていると…。

そして、その時にその御婦人は医者に「来年の4月までと言ってたのに良くなるってどういうことなんですか?」と聞くと、医者は「稀にはそういうことがある」と。これはどういうことかということです。

医者ではもう来年の4月まで、たとえ手術をしてもそこまで命がもつか分からないと言っているのにですね、だんだん改善してきているので、「稀にはそういうこともある」というような説明をしたので、もう怒って仕方がなかったというような報告がありました。

それからもう一人の方からはですね、この方は70代前半の方ですけれども、乳癌を患って、そしてメシヤ教に繋がる前に、さまざまな治療を受けてきて、そして薬の恐ろしさとかを知ったので…。

医者が「最後にもう一つ抗癌剤を試させてもらいたい」ということで、子供さんたちは「もう止めてほしい」と言ったんですけど、そのお母さんは「医者が非常に親切にしてくれているので、なんとか最後の提案を受け入れたい」ということで、私は「止めたほうがいいよ」と言ったんですけれども・・・、結果的に体調が悪化し腕がパンパンになってしまって、この脇の下からリンパ液が出始めたわけですね。

そしたら、医者が何と言ったかと言うと、「抗がん剤が合いませんでした。もうこれ以上の治療はできないので緩和ケアに移って下さい。緩和ケアの病院を紹介しますので、早急にそちらへ移って下さい」ということです。

(新薬臨床実験は結果どうなるか不明なので)「こんなに腕を張らせたのはおまえじゃないか」という、そういうやりとりができないわけですよね。医者が「こういうことになるかもしれませんよ、それでもよければさせてもらいます」という話が無い。

「今いい新薬が出たので、これにかけてみたい」ということで、治療を向こうから提案してきて、手がパンパンに腫れて、そしてそこからリンパ液がどんどん出始めたら、スーッと医者は手を引いてしまう。これが医療の中の現実として起きているわけですね。

ですからメシヤ様が冒頭にお述べになっていることは、現代に至ってますます酷くなっているということを私たちはよく腹に入れておかないといけないと思うんですね。

迷信錯覚

代表先生

そして医者はこのことに『何故気付かないのか』というふうに御指摘をされております。

このことを総体的にみると、メシヤ様は“真実に何故気付かないのか”ということを私たちに御提示しているわけです。

世の中の流れに流されていくと、様々なことが気付かない状態に陥らされているので、しっかり気付くような人間になって下さい、ということで、医者に対する批判ではあるわけですけれども、勿論われわれメシヤ様の弟子にもよく気付くようにしていってもらいたいということが、この中の願いとしてはあります。

それから、もう一つはメシヤ様は『錯覚だ』と仰っていますから、今この世の中は錯覚に陥らされているということです。メシヤ様御在世中から今日まで、みんな錯覚させられてるんですね。だから私たちはこの世の中に生きているなかで錯覚状態に陥らされているので、”自分が錯覚を起こしていないか”ということを絶えず自分に問いかけておかないと、生活をキチンとしていく上においては、様々なことが生じて来るということですので、今回は手術に対する批判ではあるんですけれども、絶えず気付いていくような人間になっていかないといけないということで・・・、日常生活で錯覚を起こしている場合があるので、この錯覚に絶えず気付いていかないといけないことがいっぱいあるということが、メシヤ様の御心の中にはずっと流れているということです。

御論文を拝読するだけでなく、メシヤ様の御心を受け止めていくという姿勢で拝読をしていっていただきたいというふうに思います。

霊主体従

それから、現代人みんなが陥っているのは、科学至上主義ということに陥っております。科学至上主義というのは今から400年以上前からデカルトをスタートにして心と肉体を分離して考えるという思想が生まれて、その肉体だけを研究していくというところで医学が進んできております。実はここに気付かないといけないということで、モルモットで研究したことを人間に当てはめているというのは、食い違いが起きてしまうということです。だから牛に「胃癌だ」と言ってもそれはどこも悪くならないけど、人間に「あなたひょっとすると胃癌かもしれないよ」というと、もう心配が膨らんで本当に病になっていくということが、人間の精神性の上において起きてくるわけなんですけども、医学というのはそういうところに気付
き始めた人はいらっしゃるんだけれども、まだまだ気付かないこともあります。

それでですね、若い方で「ゴルゴ13」という漫画を読んでる人います?今年、新年の「ゴルゴ13」は読みましたか?

参加者

まだ読んでないです。

代表先生

あ~まだ読んでないね。ビックコミックという漫画雑誌があります。そこで私は「ゴルゴ13」だけは必ず一作も逃さないように読んでいっているんですけれども、それは何故かというと、さいとう・たかをという作者を中心としてプロジェクトを組んで様々な世界で起きている出来事を分析して、それを「ゴルゴ13」という暗殺者を中心にしてこの世の中の問題を浮き彫りにするということをテーマにしてですね、大変なプロジェクトで、複数の脚本家の協力の基ずっと作品を作っているわけですね。

それが一番最新作はなんだったと思いますか?これは「奇蹟を呼んだ少年」というタイトルなんですね。それはどういうことかというと、その少年は脳の中心、脳幹の近くに腫瘍ができて、そして医者が「もう現代医療では施しようがないので、一つ可能性があるのはイメージだ。今この世の中にはイメージをいい方向に持っていくことによって、その病的状態が改善するという症例がいくつも報告されている。だからもう君には最後イメージをいい方向に持つしかないんだ」ということを医者がその少年に宣告しているわけですね。

そうするともう僕は死ぬということが分かっているのに、どうして良いイメージを持つことができるのかということで、バードウォッチィングが趣味なので、双眼鏡でこうやって見ていたら、ゴルゴ13が練習しているところを目撃してしまうのね(笑)。

何百メートルも山の向こう側にコインを置いて、そのコインを打ちぬく練習をずっとしている。そのゴルゴ13というのは、谷で風が吹くとその風の速度に合わせて弾丸がどれだけ流れて行くのかそれを計算して打つので必ず相手に当たって行くという、そういう計算をしているから、非常に悪の世界ではあるんだけれども、非常に緻密な計算の元にそういうストーリーが流れていくわけですね。

それを見てしまったので、ゴルゴ13が自分が目撃したことを知っているかもしれないということで、それから恐怖心が湧いてくるわけですね。

それから数日後にですね、その入院している病院に、ある疑惑ありの政治家が入院してくるわけですね。その病院の玄関に立って、車からおりて病院に歩いているところをゴルゴ13に打ち抜かれてしまう。その話を聞いた瞬間に「あっ!自分は目撃者として殺されるかもしれない」ということで、夢の中でゴルゴ13にこの脳の腫瘍の部分を打ちぬかれるという夢ばっかり見て、そして怖いという、そっちの方に心が奪われていったために、脳腫瘍のことをすっかり忘れていったわけですね。

脳腫瘍のことを忘れていって、そして医者が脳腫瘍が縮んでいっているということで、やがてそれが消えてく。

だからゴルゴ13のその射撃の練習風景を見たところから物語が展開していく中で、これは『霊主体従の法則』によって脳腫瘍が治ったということを、「ゴルゴ13」の漫画の中で書いてある。これは『霊主体従の法則』に沿ったいわば物語のように仕立てあげているので、これを私はガソリンスタンドで読んだんですけどね、こういう悪の世界にこんな話を取り入れるというのは凄い時代に変わったなというふうに思ったんですけどね。

「我々の想念が切り替わることによって病気症状というのは随分改善する症例が今世界には非常に報告されている」というように注釈が入っているんです。

「こういう報告がされている」ということですから、やはりああいう研究情報をキャッチしてそれを分析しているプロジェクトというのは、凄い人たちが集まっているなということを感じましたね。

木原

脳を打ちぬかれるというふうに思い込んでしまうと、不安で不安で、癌が悪化しそうですけれども。都合のいいことに、腫瘍を打ち抜いてくれるであろうと思い込むという、そこが面白いですね。それで安心したんでしょうね。

代表先生

うん、だからやっぱり腫瘍のことを忘れたということと、そして銃で撃たれるということのほうに恐怖心が移ったのでね。

木原

でも普通考えれば、(ガンの疑いを宣告され死を恐れ本当に癌化するように)殺されるという不安感があれば、相当腫瘍が悪化しそうなもんですけど…。よっぽど腫瘍に執着してたわけですね(笑)

代表先生

そうね(笑)医者から現代医療では治らないと徹底的に言われたことが、実はこの子の御守護ではないかと考えたほうがいいから、メシヤ教としてはそういう解説をそこに(笑)加えた方がいいと思うぐらいなんですけどね。

生命科学

それからメシヤ様は近代科学を否定するわけではないと仰っております。一昨日アメリカの方で電気機器の展示発表会があって、サムスン電子などはカーブしたテレビを発表してましたね。カーブしたテレビで、どの位置からも見えるというようなね。これは日本の技術者をヘッドハンティングみたいにして高額の給料で引き抜いて、技術だけを抜き取って、解雇するというような、そういう手法で日本の技術を全部韓国が取っていって、そしてそういうテレビ業界は世界の三分の一ぐらいのシェアを韓国が握ってしまって、日本は残りの三分の一くらいを各社が分けているぐらいになっていますけど、今4Kでなんとか巻き返しを図ろうということで技術を進めていますけれども、やはり日本の 技術というのは世界のトップ レベルより、遥かに抜きん出てるところがあります。

今回「はやぶさ2号」がもうすぐ打ち上げられて、2020年の東京オリンピックの時に帰還するという計画で、今度打ち上げられます。こういう衛星の中の物質を採取して帰ってくるというのは、遠隔でやれるのは日本だけしかできてませんので、日本の技術は非常に進んでいると同時に、この「はやぶさ」が何故、190・・ちょっと数字は忘れたんですけれども(小惑星1999JU3)、その天体に1年半滞在し物質を採取してくるかというと、生命の起源に係わるヒントを得ることができるんではないかということで、衛星を飛ばすということですけれども、この生命の起源というのを探ってくれることは、この主神様の御経綸を明らかにしていく一つの研究材料だというふうに受け止めていくことができればですね、私たちの信仰というのはもっと深いものになっていくと思いますので、こういう科学者たちの研究を大いに進めていただきたいなと思って、そういう報道を聞いておりました。

合成化学物質と病

さて、メシヤ様が御指摘になった機能とそれから病については、機能を除去せずに病だけを除去する方法というのは実は医者たちは分かっているわけですね。

癌ということで考えていけば、今のほとんどの癌というのは化学物質、いわゆる食物の添加物と、それから日常用品の中に含まれている化学物質と、それからこの住環境にある化学物質と、それから外では、排気ガス等をはじめとして中国のスモッグを見れば分かるように、ああいう化学物質が体内に入り込んでくる。そして私たちの正常な細胞を突然変異させて、通常の細胞分裂というのは、細胞分裂すると細胞が二つになって片方は必ず死ぬことになっているんですけども、突然変異を起こした細胞分裂は二つに割れたらどちらも死なないために倍々で増えていって、そしてその増えていった塊が機能を圧迫するために、命に係わってくるというのが、現在の癌の主流であります。

ですから、この細胞の突然変異を起こさないような生活をしていけば癌になることはないわけなんですけれども、そういうことを医者は説明をしません。切って取る、切って取るということしか話をしていきません。「どうしたら治りますか」という時には、「手術をしましょう」「抗がん治療をしましょう」ということになっていきます。

本来癌というのは、そういう化学物質で細胞分裂の突然変異を起こさせてしまうので、その突然変異を起こさせる主たる原因を生活の中から除去すれば治ります、という説明をすればいいわけなんですけれども、そういうことをすると、製薬会社とかから入ってくる様々な研究費を受け取れなくなるので、そういうことは明らかにしていかないという、そういうような世の中になってしまっているので、こういう世の中にどっぷり浸かってしまっている現状をよく認識して、人々に、「錯覚に陥らないようにもっと気付いて下さい」ということを語りかけて行くことが、私たちの布教ではないかなと思います。

 

【平成26年1月メシヤ講座 旧大阪支部より】