『文明の創造』宗教篇 霊的病気 結核と憑霊 (文創 昭和二十七年)

『文明の創造』宗教篇 霊的病気 結核と憑霊 (文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』280ページに記載されています。

 

代表先生

本日は『霊的病気』の二つ目の項目で『結核と憑霊』というところを拝読させていただきました。本日拝読したところで大変重要なところは281ページ、研鑽資料は15ページになりますけれども、後ろから7行目から

『今之を詳しくかいてみるが、普通結核で死に、霊界に往って霊界の住人になるや、霊になっても引続いて結核患者なのであるから、病状も生前と些かの変わりはなく苦しむのである。処が病気で死んだ霊は言う迄もなく地獄界に入るのであるから地獄の苦しみが続くので、病苦の外に語る相手もなく、孤独で非常に寂しい為、相手が欲しくなる結果どうしても兄弟の誰かを、自分の傍に引寄せやうとする。』

というふうに書かれてあります。ですから現代、日本人がおかしな所へ陥らされているのは、この霊界生活ということが分かってないということが一番大きいものがあります。

その中でもう今から随分前ですけれども、丹波哲郎の「大霊界」という映画をやりましたね。「大霊界」の霊界生活をおくる所は、あれは真○の本部を映して撮った映画なんですけど、あの映画の場面で、事故で亡くなったり、自殺した人達が霊界に行くと天国に行くという描写をしています。目の悪い人も見えるようになったという描写をしているので、あれがやはり一番の問題は霊界生活を知らない人達が作った最大の問題点であるわけなんです。

ここにメシヤ様がお書きになっているようにですね、『霊界の住人となるや、霊になっても引続いて結核患者』ということですので、あらゆる病気も、浄霊ということで霊体がすべて浄められて霊界に往った人以外は、苦しんだ状態でそのまま霊界に行くということが分かっておかないと、どうしても薬併用とかいうことを平気で言ってしまうということになって来ます。



不(反)自然死と霊界

それから丹波哲郎がやったことのもう一つは、自殺した人が霊界へ行った時に天国に行くという描写・・・自殺というのは自分で自分を殺すので、殺人という罪と、それから突然死するわけなので事故死という、この二つの罪が加わってくるので、いわゆる地縛霊にもなるし、人を殺した罪の償いもしていかないといけないわけです。大変な地獄の生活をして行かないといけないのだけども、それを天国的に描いてしまったので、あれを見た人の中では、それぞれの宗教の教義を持っていなければ“そういうものかなぁ”と思い込んでしまっていく部分があると思います。

そういうことで、今回「メシヤ講座・特選集」の中で、臨床宗教師というのを取り上げました。ここに臨床宗教師の内容は深くは書いてありません。今そういう取り組みをしているので、非常に素晴らしいという表現で書いております。しかし本来、幽霊を見たということを、津波で流されて海の彼方に自分の子供なり、なんなりの姿が見えたら、それは事故死なので、そこに地縛の霊としてそこに居ないといけないので、「そこまで行って絶えず供養してあげなさい」ということを教えてあげないといけないわけですけれども、まぁ大学の講座ですので、そこまでは今は説明していない。

そういう幽霊を見た人にどこまでも寄り添ってあげる、ということでそういう講義をしているようですけれども、それでも宗教宗派を超えて、そういう講座が開かれているので、一面素晴らしいところがあります。そこからさらに、メシヤ様の御教えに基づいて救いを展開していかないといけないということを痛切に思うんですけれども、なかなか東日本大震災で犠牲になった方々の神霊様を救うところまで、まだまだ行けてないなというふうに思います。歌手の方とか芸能界の方々が震災を受けた人の心を癒すためにコンサートとか様々なことを努力はしてくれておりますけれども、亡くなられた方々の「救霊」ということについては、まだまだ進んでないところがありそうだなということを、この御教えを拝読しながら感ずるところです。

もう少しメシヤ教の中で東北の信者さん方が増えてくれて、そしてメシヤ様の教えに基づいて「救霊」ができるようになるとありがたいなと、今思っているところです。霊の要求

代表先生

それから次に282ページにいきますと2行目から読んで行きましょう。

『それは祀り方が悪いとか何か死後要求がある場合、それを頼むべく知らせようとして之はと思ふ人に憑依する。憑依された者は、勿論結核と同様になるので、普通人はそういふ事に気が付かず感染したと思ひ、医師も又そう言ふ訳で、散々医療を受け遂に死亡するので、此最もいい例として斯ういふ事があった。』

ということでメシヤ様が修行時代のお話をここで述べて下さっております。

これに関連する形で、地上天国祭の時に鹿児島から参拝した青年で、まだ入会はしてないので浄霊力伝授だけの段階の人ですけども、その方のことをここに書かせていただきました。もう読んでいただいていると思うんですが、「親身に寄り添った上で取り組むこと」ということで、現在東方○光教団に所属しているんですけれども、メシヤ教の勉強をずっと続けている20代の青年女子です。この人が・・・ここに書いてるように、これは少し歴史を遡って考えていかないといけないんですけれども、今映画でですね、「超高速!参勤交代」という、ある御大名が四日間で参勤交代せよということで映画があったんですけど、私もその映画は見てないんだけれども、あの参勤交代の政策は知ってますよね、なぜ参勤交代させるかというのは?

参加者

大名が富裕にならないためにですよね。

参加者

お金を使わせるために参勤交代させる。

代表先生

うん、お金を使わせるためにだね。いわゆる徳川幕府が安泰を図るために、藩に力をつけさせないために参勤交代をさせられるわけですね。その政策に対して、薩摩藩は薩摩弁を作って、そして徳川幕府のいわゆる隠密とかそういう者が入ってこないような政策をとって・・、あれは人為的に作った方言なんですね。その方言が現代までくると、やっぱり(ここからは個人のプライバシーに関わる話になりますので割愛します。)

だから終戦直後は役所の変な指導というか、アドバイスみたいなもんで古い画数の人がずいぶん今の当用漢字で使っているような簡単な漢字に変えた家がずいぶんあります

最もひどいのはそれよりも前に、徴兵を免れるために・・、これも以前話しましたけども、姓自体を全く変えてしまったという、そういうことが過去の日本にはありました。そのために先祖の身になったら、子孫の都合で勝手に姓を変えてしまっているので、非常に霊界で御立腹されてるわけですね。

(中略)霊界の問題がこのように反映してくるということでは、非常にいい例になるんではないかなということで、あえてここに載せさせていただきました。

 

修行時代の姿勢

代表先生

それからもう一つはですね、メシヤ様がここにわざわざ『私がまだ修行時代の頃』というふうに書かれております。この『修行時代』とは一体何かと言うと、『大本教時代は自分の霊的修行の時代だ』とおしゃっています。それから昭和元年にメシヤ様は御啓示をいただいて、そして過・現・未の真理をすべてですね、知ることができたんですけれども、その御啓示があってすぐメシヤ様は立教されておりません。御啓示内容が真実かどうかということを御自身ずっと検証されて、そして「これは間違いない」というふうに受け止められて(家業を譲り)、救世主として任を担うという決心をされたので、それで昭和6年6月15日鋸山に登るように言われて、そして鋸山で神事を執り行っているので、あそこに書かれている「天啓聖蹟」碑というのは実はあそこに立ててはいけないということですね。あそこは天啓を受けた場所ではないので、あそこは『夜昼転換』の神事を行った場所なので、だからその「天啓聖蹟」碑を立てた時に、当時の役員クラスを始め、メシヤ様の御事蹟というのを十分確認をした上で、確認というかそういうことを整理した上で、信者さん方を導く手立てというのを組み立ててなかったということが言えるんではないかな、と思います。

ですから私達がこの『文明の創造』を拝読する中でもう一度メシヤ様が御神業を進められようとしたその内容というものを中身というのをしっかり受け止める機会にしていただきたいと思います。

メシヤ様が『修行時代』に執り行った内容の一つが「鎮魂帰神法」でありますけれども、この「鎮魂帰神法」の修行法は以前もメシヤ講座で話しましたね、何回かね。それで気がふれる人が大勢いらっしゃるので、「鎮魂帰神法」では万民を救う方法とはならないので、それでどうしてみんなを救って行く方法を編み出したらいいかということで時間がかかったために立教が昭和10年までずれ込んでいったということです。本来は元年に立教しても、これだけ素晴らしい御教えをいただいたわけなので、立教しても良かったんですけれども、やはり万民を救う方法というのを編み出すために昭和10年までかかってしまったということです。

 

【平成26年8月メシヤ講座 旧大阪支部より】