御光話録7号 ①自己の従事している先生に対する問題

四月四日

(質問)

自己の従事している先生の、お道に対する精進が足りないように感じられて尊敬の心が起きなくなったり、あるいは、より以上の立派な先生について、もっとお道のことを深く研究したい・・・という気持ちになったりした場合、そのお弟子、会員にとっては一応重大なことと存ぜられますが、かかる際お弟子、会員としてはどのような心構えを持ち、どのように進退いたすべきでしょうか。

 

これは困るんですね。これは信仰のない人の考えですね。とにかく神様がそうさせたんだからどうすることもできませんよ。その先生についたっていうのはそれだけの因縁があってきたんだから、それを人間的にのみ見るからそんな考えになるんです。先生がいいから選ぶなんてのはとんでもないことですよ。れりゃあ先生がよければいいことがぜんぜんないわけじゃないけど、そんなに影響ありませんよ。偉い画かきだってそうじゃありませんか。その先生よりずっと立派になってるんです。「出藍の誉れ」って言うでしょう、「藍より出でて藍より濃し」ってね。だから、先生は第二、第三の問題ですよ。それよりも自分がどうなんですか、それが第一ですよ。

かと言って先生を尊敬しないってのはいけない。やっぱり先生は先生として、立てて行くべきですよ。尊敬できないからっていい加減にあしらうというんでは道に外れますよ。そして、この先生はなんだからあっちの先生につく、なんていうのはぜんぜん信仰のない人のすることで、まったく神様を無視していますよ。それよりもむしろ、先生が気に入らないから変えるなんていうことをしてたら、いまにストライキでもやるようになりますよ。

 

【御講和篇2 P124】