御教え集30号 ④霊層界の違い

始終うまくゆかない、苦しみや災難があるということは、そういう段階に霊がいるわけなのです。だからいくら人間が工夫をしてうまくやろうと思って一生懸命にやっても、そうはゆかないのです。ようやく金を溜めたと思ってヤレヤレと思っていると、どうしても出さなければならないことが次から次へと起こってくるのです。病気については、信者には問題にならないが、世間一般の人はたいてい、やっと貯蓄ができてまず金の心配はないということになると、必ず病気の心配が起るのです。そうしてヤレ入院だ、手術だ、と言って、おそらく溜めた金は残らずふいになって、それでも足りないで借金するというようなことはずいぶん多いです。というのは、つまり霊層界の地位が地獄にいるから、どうしても地獄のとおりに写ってくるわけです。だからいろんな、方位が良いとか、あるいは十二支で、午の年の午の月とか、未の月とか、そういうことを気にしたり、方位方角をやっても、決してうまくいったことはないです。むしろそういうことを始終気にしている人のほうが、運が悪いくらいなものです。つまり霊の力が弱いからして、あらゆるものに怯えるのです。それで霊の強い弱いということは、肉体の健康の強い弱いのと同じことなのです。だから非常に憶病な人や、物に怯えるような人は霊が弱いのです。つまりどうせ悪いことをする人は悪のほうですから、それに負けるわけです。そういうようなわけで、自分の魂を霊層界の高い所におくようにすれば、またそこは良いことばかりが来る世界です。人間という奴は、悪いことというものは重なって来るものなのです。私などもずいぶん経験がありますが、なにか災難とか苦しみが来るときは必ず健康が悪いです。これはだれに聞いてみてもたいていそうです。やっぱり健康でいるときには運勢ということも良いわけです。だから信仰に入って浄霊を受けさえすれば、みんな運がよくなります。

間がよくなります。よくお蔭話しにありますが、ずいぶん金に苦しんだのが、入信してから急に思いもしない金が入ってきたり、楽になるということは、つまり霊層界が上がるからです。それで、それは神様の光をいただきますから、そこで霊が浄まるから、そこでいま読んだように霊が軽くなるから上に上がるのです。そこは貧乏や金に苦しむところがない世界ですから、そこのところは、はなはだ微妙な問題でいて、一番確実な方法です。これさえ守り、これさえ信じていれば、運の悪くなる気づかいはないです。ただ一時は、霊の曇りを取られるために一時的苦しみはありますが、それは決して長いものではないので、それさえすめば必ず良くなるものです。信仰の妙諦というものはそこにあるのです。

 

【御講話篇12 P157】