『文明の創造』宗教篇 キリスト教 (文創  昭和二十七年)

『文明の創造』宗教篇 キリスト教 (文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』342ページに記載されています。

 

代表先生

先月まで仏教の学びをずっと積み上げさせていただいて、今月からキリスト教に入っていきます。メシヤ様は最初にですね

『キリスト教は、イエス・キリスト生誕の時から在世中は固より、十字架に懸けられる迄の凡ての事は、微に入り細に渉ってかきつくされてゐるので、今改めてかく必要はないから、私としての今迄何人もかかなかった事柄に就いてのみかく』

というふうに書かれておりますので、これから学ぶことは、今までキリスト教について書かれたことにはない、メシヤ様が独自に書くものである、ということを心得て勉強に入っていきたいと思います。

そして、このページ最後の行に

『私が常にいふ如く、神は何千年に渉って、天国的文化を形成する目的の下に経と緯の経綸をされて来たのであるが、其経の経綸の代表的宗教としては仏教であり、緯の代表的宗教としてはキリスト教であった。そこで仏教に就ては既に解説して来たから、今キリスト教に移るが、緯の経綸こそ物質文化の進歩発展の基本であって、即ち科学である。今日驚くべき文化の発展は、全くキリスト教以来の世界的経綸である事は言う迄もないが』

というふうに書かれておりますので、ここで『キリスト教以来の世界的経綸』ということと、それから経緯の経綸をメシヤ様は、経の経綸は仏教というのが代表されているのだ、と。緯のキリスト教というのが代表してあるという・・、そういうところから考えていきますと、物質文明が発展していくと、我々は一方で何に襲われていくかというとですね、現代においては、どっぷりと浸かっている謂わば経済至上主義であります。

経済至上主義というのはどういう方向に持っていこうとするかというと、欲望を膨らませて、その欲望を満たせようという方向へ動いていきます。その動いていく時に、欲望が満たされない時には、我々の心の中に、“満たされない”という想いと、“なんで自分だけが・・”という気持ちが起きてくるので、そういう時に、仏教の機能として言われている「鎮めのエートス」というのが働いてきます。それが働いてくるから、“いや、よそさまはあれだけのものを満たしているけれども、自分の現状ではこういうところだ”というふうに諦める気持ちに導くわけです。仏教というのは「鎮めのエートス」が根幹ですので、その心を鎮めていく方向に働いていくわけです。

これが経と緯の働きで、私達をですね、欲望だけに走らせない方向へ神様が導いて下さっているというのが、この働きとしてはよく見ておかないといけないと思うのですね。




真に導くために「学ぶ」ということは?

代表先生
そして、今ですね、文化がずっと発展してきた上において、メシヤ様は最終的にこの「祈りの栞に寄せて」のですね、「まとめ」のところにメシヤ様が仰って下さっていることをまとめて書いております。

『いよいよの時、初めて諸々、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる。』

というふうに仰っておられます。いよいよの時は、こういう形で神界から私達に使命が下ってくるわけなのですけれども、その使命が下ってくる時に、その使命が下ってきたことを自覚させてあげたりするのが、これからの我々の役割になっていきます。その役割を果たす時にはですね、メシヤ様は誠だけではその役割を果たすことができないので、叡智が必要だということで、今『文明の創造』を学んでいるわけです。

そこでですね、若いお子さんやお孫さんがですね、ある程度世の中の動きに疑問をもったり、あるいは更に探求心が生まれてきた時に、「どうして日本という国はインドで生まれた仏教がここまで定着したのだろうか?」という質問がきた時に、さっと答えられないといけないので、その答えるために、必要なためにですね、先月まで学んできた305ページの『霊界における昼夜の転換』から先月までの『仏教に於ける大乗小乗』をですね、これぐらいの厚さを頭の中に整理して記憶して置いていただきたいのです、そして、その記憶したことを絶えずですね、話す練習をしておかないと、いよいよの時に使命をいただくという人の、その使命を自覚させてあげるというところに導けませんので、本来の御神業を担うことができないということになってしまいます。ですから、「どうして日本はインドでできた宗教をこれだけしているの?」と聞かれたらどう答えたらいい?

参加者
伊都能売神皇様が、素戔嗚尊が攻めてきて、インドの方に二十八部衆と行かれて、そこで善財童子でいらした釈尊の子どもの頃に、補侘洛山で教えを説かれて善財童子が目覚めて仏教を作られていった、インドはそれまでバラモン教がずっと主流だったのだけれど、それはすごく大変なので、御釈迦様が仏教というのを始められたということで、結局その仏教の元は、日本から行った観音様が教えをお説きになられて発展してきたので、もともと日本から行ったものだから、日本人は受け入れ易かったということです。違うかな?

代表先生
大まかにそれ。じゃあその次に「それは岡田茂吉教祖が言ったことなのでしょ?」と。「世界の歴史がそんなことを認めてないでしょ」と。あるいは「日本の仏教がそういうことを認めてないでしょ?」と言われた時に、次はどう答えるの?

参加者
いや~たまたま最近話しているのですけどね。やっぱり、『夜昼転換』を話していかないといけない。『三千年来の罪穢れ』とか・・・話していくんですけどね。

代表先生
だから、そういう今の若い人達は、唯物的な学問、これはキリスト教の文化圏で作り上げた学問体系のもとに教育を受けて、価値観を身につけているので、「そういう話は認められませんよ」と言った時にどうやって説得するかということ。

参加者
若い人にですよね~そうなんですよね~。

代表先生
その時に過去の「メシヤ講座」を思い出していただいて、一つは形で残っているのは何かというと、「観音様の髪の毛と御釈迦様や阿弥陀様の髪の毛の違いが形としては残されているのだ」と。だから「御釈迦様とか阿弥陀様は仏像の頭にてんてんてんが付いているのは、これは天然パーマでインド人だという証が後々分かるためにそういう仏像を作っているのだ」と。「観音様というのは直毛で結い上げているので、この直毛が日本人だ、日本人だというのが後々分かるために、そういう仏像を作っているのだ」という説明をまたしてみる。「それはそうだけど、直毛は中国人にもいるよ」というようなことをしつこく言うので、そういう場合どうするのだ、と。

そうした時は、次は五輪塔の説明してあげていただきたい。やっぱり武士なので位の高い人のお墓っていうのは五輪塔で作っているお墓が多いし、それからいろんな家系の中で、昔は土葬だったので、土葬であちこちに墓がチリチリになって管理ができなくなっているので、集合墓を作ろうとした時には五輪塔を建てるというのが最近の流行ではあるので、「五輪塔の意味は一体何か?」と言った時に「一番上から空(くう)、風(ふう)、火(ひ)、水(すい)、地(ち)なのだ」と。この「空風火水地の元は何かというと、日本語の母音なのだ」と、「母音の“あ”は“空”、“い”は“風”、“う”は“火”、“え”は“水”、“お”は“土地”なのだ」と。「だから五輪塔は、日本の母音を御釈迦様に教えたところから、最終的に日本の仏教の中に五輪塔というが一緒に形として作られて今日まで残っている。そういう史実をきちんと見つめて、岡田茂吉教祖が説いたことが本当か嘘かというのを見極めなければ、真に追及するということにはなりませんよ」というふうに若い人に言って貰いたい。

だから、その事をですね、今「メシヤ講座」で勉強しているということです。それぞれの使命を神様から与えられるのに、折角使命が下りてきたのにそれを果たせない人達がいるので、その果たせるためにそういう話をしてあげないといけない、ということ。

じゃあ「日本の教えの一番根幹的な教えは一体何だったのか?」という質問が次に来るので、それは『観音講座』の中にある『道法礼節』が一番分かりやすいので、『道法礼節』を説明してもらいたいわけですね。『道法礼節』というのを説明する時には、「日本は素戔嗚尊が押し寄せて来るまでは徳によって日本は治められていたので、だから縄文時代より前の遺跡には武器が一切ない。海外の方では古い遺跡を掘って行くと武器が出てくるけれども、日本の縄文時代の遺跡からは、武器が出てこない。だから武力によって世の中を治めていたのではなくて、徳によって治めていたのだ」と。

「じゃあどうやって徳によって治めることができるか?」と言うと、「その一つの事例が道法礼節なのだ」と。ドウというのはなので、例えば今日は百合が綺麗に活けてありますけれども、その生け花教室というのに行くのと、華道教室に行くのと違いは何かというと、例えば生け花教室というのは、花の生け方の技法だけを学んでくるけれども、華道教室というと、その勉強する場所の入り方とか、それから「この花はこういう季節に咲いて、しかも昔からはこういう時に使われたのだ」というような、そういう歴史も説明してくるし、花を活けた後は片付けの仕方まで教えてくれる。華道山月では昔から、天地人とか色々教えたようにですね、この世の中の様々の決まりごととかをその中に盛り込んで教えてくるので、「人としての道」を学ぶことができる。ということで、その道法礼節の道という、「どんなところにも踏むべき道というものがあるのだ、ということを日本人は昔から大切にしてきたのだ」ということを御釈迦様が皇太子の頃にですね、神皇様が教えてお話をしてあげたわけですね。

それから道法礼節のは、「言霊上は、炎から来ている。炎というのは触れると熱いので、この世の中は触れてはいけないものがある、あるいは、犯してはいけないものがある、ということで炎から“ほう”という言葉が生まれたのだ。だから人間生きていく上においては、どうしても犯してはいけないものがこの世の中にはあるのだ、触れていけないものがあるのだ。そういうことを分かりながら、日本人というのはそれぞれ成長してきたのだ」ということを次に教えます。

それから礼節の礼というのは、掌にですね、あるいはペンを持っている人は、メモに書いて貰いたいのですけども、「旧字体の“礼”というは、示偏に豊と書いて“ ”と書くので、これは、豊かさを示すと礼を尽くすことになるのだ」と。この豊かさとは物質的な豊かさだけではなくて、精神的な豊かさがあるので、今日○○さんの機嫌が悪ければ、私が「答えて」と指さしたら、“まあ!また私に言って”というような(笑)、機嫌悪いとそうなるけれども、今日は機嫌が良さそうなので、つらつらと何も言わないのに喋り始めてですね、答えてくれたので、これは今日心が豊かだったということです。心が豊かなので礼を尽くすことができるわけなのですけれども、豊かでない時にはカァー!と来たり、「なんで私ばっかり言うのですか!」とか、・・そんなことは○○さんに今まで言ったことはないのだけれども、そういうことを言いかねないので、やはり「豊かさを示すということが日本の中ではずーと重んじてきたのだ」と。

(木原)
漢字の意味からは、水が去るという意味で、のち火だけになる意味を匿しています。

代表先生
それで、礼節の“節”は、これはメシヤ様が竹を例題にお話されていますように、「竹の中は空っぽなのだけれども、非常に強くしなやかであるのは、節があるので中が空洞でも非常に竹は強いわけなので、この“節”があるように、人間というのも節目、節目を大事にしていかないと、人間として立派に育つことができないですよ」と。だから日本は今、七五三という節目はあるのですけれども、七五三の時にみんな写真ばっかり撮るでしょ。これはその親とか祖父母がですね、きちんと七五三のことを教えていないために、写真にみんな走っているわけですね。

それから、昔から論語とかを年輩者の人達がみんな学んでいるにも拘わらずですね、それを自分の子供とかに教えてないために、節目、節目で何をすべきか、ということを忘れてしまっているところがあります。三千年前は節目、節目というのを大切にして生きておりますので、しっかりした精神力が身についているわけですね。

(木原)
節の意味は、自然と進歩向上のために乗り越え身につけるべき事柄の意味があります。

代表先生
先祖を祀る時にもですね、この世の中に生まれないでお腹の中で死んだお子さんはですね、○○児之神霊、というふうに呼び名を付けております。それから年齢がですね、三十歳に満たないで亡くなっている人には、○○比古之神霊、あるいは○○比女之神霊、というふうに呼んで、三十歳以上を毘古之神霊、毘女之神霊というふうにして、その年齢に応じて、亡くなった時の送り名というのが変わってきている。それが根幹にあるようにですね、日本人というのは節目、節目に、「その訓示を受けて育つ」ということを、昔から慣わしとしてきておりました。しかし、現代は写真を中心にやっているので、もう京都なんかにいくと自撮りの棒ばっかりもった人達が観光しているという話になっているのは、その見える世界ばっかり追っかけているために、そういうことになっているわけですね。

伊都能売神皇様が、御釈迦様がまだ皇太子の時に教えたことは、そうした日本人が昔から大切にしてきたことや、徳によって世の中を治めていくという在り方を教えてあげたためにですね、御釈迦様は皇太子の座を棄てて、そして家族も捨てて、一心にですね、悟道に入っていくわけですね。そして悟りを開いて御釈迦様になっていくわけなので、その御釈迦様の教えの根本は・・・、日本のそうしたことを伊都能売神皇様から教えられたので、今までのバラモン教という難行苦行によって悟りを開いていく、そういうことではインド人全体を救うことはできないので、日本の教えを基にした教えで救っていこうとして、結果お経ができあがったわけです。ですから、そのお経が中国を通って入ってきた時にですね、日本人はその日本の教えの精神がそのお経の中に入っているので、すーっと受け入れたわけです。

しかし、同時に、日本人にですね、その時から一つの大変な精神の癖が生まれてきております。それは、たばこ持っている人いない?たばこがなければ、この本をですね、こうして読むと・・「祈りの栞に寄せて」という本になりますけれども、こうするとお経になります。以前にもお経のあげ方を話したことがあると思いますが、これを逆さまに読んでいくとお経になっていきます。「に~つん、よんつん~いんとん~びんわんしゅ~ん・・・・」というふうに読んでいくとお経のように聞こえてきて・・(笑)

これは何故かというと、日本人はですね、インド語は分からないのですが、そのインド語のお経を理解していく時、中国を通っていった時に漢字で入ってきているのですが、その漢字をインド語風に読んでも分からないので、それに節を付けて、ずーとお経という形で挙げるようになりました。そうするとその節回しが心地よいように聞こえてくるようになったので、それ以来ですね、「意味が分からないものは、有り難い」という精神構造ができあがってきております。お経というのは「有り難い」と言った時には、それはインド語の意味が分からないままに・・私の祖母などもですね、朝起きた時から「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と言っておりました。この「南無」というのはインド語で「帰依する」ということなのだけれども、「生涯、阿弥陀仏に帰依する」という意味であるということを知らないまま、「なみあみだぶつ」と言って、そして生涯を終えております。

昔の方々はそういうことで、仏教というものを捉えているがために、物事がはっきりしない方が有り難いという精神構造ができあがってきている部分がありますので、鎮めるという時には物事を決めない方が心を鎮めることができるので、そうしたことでですね、物質偏重の世の中になって欲望をずっと追及する日本を鎮めるために、この仏教が果たしてきた役割というのは、そういう意味では大きかったわけです。

それと同時に中国を通って入ってくる時にですね、儒教を拾ってきたために、儒教の形式である黒塗りに金泥で文字を書くという形が今の位牌になっております。仏教が入ってきた時ですね、それまで日本は白木を位牌にしていたのが、それよりも黒塗りの金文字で書いたものの方が、先祖を祀る上においては、非常にいいということで、それにスッとみんな切り替えていったわけであります。




具体的な御教えゆえに、具現化できる

こういう歴史をしっかり見つめておかないとですね、メシヤ様は、訳の分からない話を一切されておりませんので、具体的に人々の問題を解決するということを念頭に置いて、私達に御教えを説かれております。ですから具体論ばっかりですので、岡田茂吉全集にしてもですね、三十三冊という形になっていっているわけですね。ですから具体的であるが故に御教えの数が多いということですね。ですから私達の信仰生活も「具体論」がなければメシヤ様の信仰ということには行けないわけですね。

 

【平成27年6月メシヤ講座 旧大阪支部より】