『文明の創造』宗教篇 善悪発生とキリスト教 (文創  昭和二十七年)

『文明の創造』宗教篇 善悪発生とキリスト教 (文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』343ページに記載されています。

代表先生
いよいよキリスト教の項目に入ってきまして、本日は『善悪発生とキリスト教』という項目の御論文を拝読させていただきました。この御論文を拝読した時に、仏教で学んだ内容というのは三千年の歴史をだいたい把握したところなのですけれども、本日拝読したところは、数十万年あるいはもっと言えば恐竜が生息していたところまで触れているわけですから、何千万年前の歴史にメシヤ様は触れられて、そして、ここではですね、とりわけメシヤ様は『文化形態』ということを2回ほど取り上げております。

この『文化形態』ということはですね、『「祈りの栞」に寄せて』の「宗教について」というところで、『文化形態』に触れたわけであります。日本の場合は教育課程において宗教の果たしてきた役割というのは・・・。十分日本人が理解していないために、宗教というと宗教団体として捉えてしまい、非常に嫌悪感を持ってしまう方々が、とりわけ戦争を経験した方々には非常に大きいものがあります。この宗教観というのをもう一度持ち直さないといけないために、メシヤ様は『文化形態』ということをここで取り上げて下さっているわけであります。この『文化形態』ということを『「祈りの栞」に寄せて』に基づいて少し整理しておいていただけると、メシヤ様の御論文がいかに高く深く、しかも広いですね、そういう視野にお立ちになられて私達に教えを説いて下さっているということが、より一層分かるのではないかなと思います。

元々宗教とは一体何かというと、古代では、宗教というのは・・・人間生活そのものが宗教であったわけですね。とりわけ縄文時代ぐらいまでは・・・江戸時代までもそうなのですけれども、この辺りで一番分かりやすいのは平城京をみていくと分かり易いのですけれども、平城京はその出仕する人達が、日の出と共に出仕して、それから日が落ちると同時に家に帰っておかないといけないので、その当時街灯とかそういうものがないために日の出から日没まで、いわば仕事のできる時間でありました。それで、出仕者達はその範囲内でその周辺に住んでいたという、そういう町全体の姿をみると、遡って行けば太古の昔は集落があった場合は、集落から海に漁に出るにしても山に猟に行くにしても、明るい内に帰って来なければ、もうこれは死を意味するわけです。どうしても明るい内に帰って来られない場合は火を燃やして目印を灯して、それに向かって漁を終えた人達が帰って来る、と。そういうことを中心に集落を作っておりましたけれど、その中にはたまにはそういう時間的なことを守らない人達がいた場合には猛獣毒蛇にやられてしまう、そして死人が出たりする。その死人が出そうな時には・・・、例えば猛獣毒蛇にやられている時には早急に治療しないといけないのですけれども、毒にやられている一人を救うよりも、集落300人住んでいるとすれば299人を守っていかないといけないので、一人を救う前に299人を集めて、「この者は決められた時刻に帰ってこなかったので猛獣毒蛇にやられたのだ」と、「だからみんなはそのことをこれから一層守っていかなければ命の危機に遭遇する、だから守るように」ということを懇々と教えて、全員が「分かりました、これからより一層その時間を守っていきます」と約束した時に、初めてその一人の毒蛇にやられた人間の救いにかかっていくわけです。これがその集落の中心者と、そのことを教え伝える教えの中心者が一体となって、その集落を守っていった訳ですね。

このことが、メシヤ様が『文化形態』とおっしゃったところから現代まで進んで来ると、中心者が政治家、政治ということになってきますね。それから絶対時間を守るようにとか、あるいはこの土地のここから奥に行ってはいけないということを守らせるのが、現在ではいわば警察の役割になってきているわけですね。しかし、その運営自体は政治ということで、現在の文化の中では発展してきているのです。そういう繋がりをメシヤ様はしっかり見つめておくようにということで今回の御論文の中では『文化形態』ということをここに示されているわけですので、メシヤ様の教えられている内容というのは実はもの凄い歴史の長さと、それから人類全体が培ってきた『文化形態』というのを見据えた上で、私達に教えを説いて下さっている、ということを、この機会にしっかり理解しておいていただきたいと思います。




ヨコのキリスト教文化と思想



代表先生
さて、その上で今回は様々な言葉をメシヤ様は述べられておりますけれども、まず『霊主体従の法則』も、通常私達が日常考えている『霊主体従の法則』と共に、いわば経の仏教が霊の世界を担って、キリスト教が体の世界を担ってきたので、これが霊主体従の法則ということに当てはめていくことができるし・・・、霊が善であり、体が悪であるというふうに書かれてありますので、悪の部分を担う役割という点では、キリスト教の学習形態がそういうものを作り上げた、と。しかし、一方では悪に全部なっていくと白人が『魔の世界』に陥るので、キリスト教を創唱して愛というものを中心に・・・隣人愛とか人類愛というものを中心にして白人を滅びないような、そういう布石も打ってきた、と。そういった非常に広い見地からの宗教の見方で見ていって、それがですね、メシヤ様は一言で『キリスト教の発生の根本義が分かったであろう』という御言葉でまとめられております。そうしたふうにみておいていただきたいと思います。

しかし、大阪府の場合、今朝のニュースでは何か画期的なことを取り組もうとしているでしょ? あまり朝からニュースを見る時間なかったかな、早い時間に出て来たからね。じゃあ一昨日ぐらいから、ひまわり8号のニュースが流れていますね、ひまわり8号はどういうふうにいいか?見たでしょ?

参加者
天気予報が鮮明になったと。

代表先生
どういうふうに鮮明になったの?

参加者
なんか何回も言っていましたね~。

代表先生
解析度が4倍になったというのと、それから撮影の間隔がこれまで30分に一回だったのが2分半に一回ずつ写真を撮っていけるので、雲の流れ方が非常にスムーズに見えるようになったというのと、それからもう一つはカラーで映るようになったと。

参加者
今日ね、見ていて“綺麗になったなぁ”と思って見ていました。

代表先生
だから、「なんで綺麗か?」というところをもうちょっとね・・・。

参加者
あっそうですね、本当に綺麗に見えていました。

代表先生
そう、ひまわりが変わったのでね、もう次にひまわり9号が打ち上がって、またさらに精度が上がってくるのですけれど、今回カラーで撮影するようになったので、雲の流れと黄砂の流れを分けて見ることができるので、黄砂の流れ方をより的確に皆さん方に伝えることができる、と。黄砂の流れ方が的確に伝えられると、PM2.5もさらに的確に・・PM2.5は見えませんので黄砂の流れが分かると、だいたいそれに沿ってPM2.5が流れ出てくるので、より一層ですね、日本人が気を付けていける、そういうシステムがおかげさまでできたのですけれど、このシステムはどうしてここまで精度が上がって来たかというと、今日メシヤ様が教えて下さっているように、戦争のおかげです。

イラン・イラク戦争辺りからですね、米軍が関与してピンポイントで爆撃をするようになりましたね。ミサイルなどを衛星からピンポイントで、あそこに軍隊何名ぐらいがいるとか、あるいは軍事施設をピンポイント爆撃するという、我々はテレビでその場面だけ、バンと消える映像だけ見てきました。しかし、あの映像の中では何十人か死んでいっているわけですけれども、これは非常に冷酷なことです。敵国の人間を死んでいる姿を私達はテレビで見ているわけですから・・・。それを「凄いなぁ~」と言った瞬間に、人を殺したことを評価しているわけですから、我々の中にも悪が物凄くまだ蔓延っているということではあるのです。

しかし、戦争による衛星からピンポイントで爆撃していく、その技術がその後、「3.11」以後日本では、大津波が来る、広島では大変な土砂崩れが起きる・・・、大変な豪雨があったために土砂崩れが起きる、という予測をつつけたいわけなのですけれども、この善の方から見ていくと、気象の変化を的確に捉えるためにはどうしたらいいかということで、ひまわり8号を上げて打ち上げて、その精度の高い衛星で雲の流れを監視していこう、と。

そうした場合ですね、精度が上がったということは500m間隔で雲の発生を感知できる、知ることができる、ということです。そうすると今八尾では雨は降ってないけれども、「○○さんの家の辺りでは雲が発生したから、それプラス風の流れでいくと、相当な豪雨がある」ということが実は分かるということです。しかし、大阪はそれほど高いビル群がないので、そこまで精度を上げなくても、街中で雲が発生するということは非常に少ないですけれども、東京に行くと高層ビルが一杯あるので高層ビルの間で積乱雲が発生しますので、ですから一番多いのは新宿辺りに行くと突然土砂降りになる時があります。今まで星が見えていたのに突然土砂降りになったりするのです。それはビルとビルの間を空気がスーと吹き抜ける間に積乱雲がグーンとできて雨を降らせるということが起きているわけですね。

そういう変化を今回のひまわり8号では的確に捉えられるようになるので、まぁそれを監視する人達も大変なのですけれど、被害に合う人達がこれでさらに少なくなっていくのではないかな、というふうに今言われております。

この技術が高まったのは戦争のおかげだということです。そして、その戦争によって大勢の方々がお亡くなりになっているのですけれども、その犠牲の上において私達は天災から守られる技術をさらに高めていくことができる、と。

これが本日拝読させていただいた『善悪発生とキリスト教』という御論文の中から、「自分達が今享受しているこの便利さとか、そういうものをどのように捉えていくべきか?」ということをメシヤ様は教えて下さっている、というふうに考えていただきたいと思います。

 

無神論者の業



代表先生
そして、この御論文の最後のところに『本教の大神命』と書かれてあります。この『本教の大神命』というのはこういうものであるということですので、この4行というのは

『以上の如く善悪の人間が清算され、善の人間が大多数になった世界こそ、本教で謂う処の地上天国の実相である。右によって分る如く、滅亡の一歩手前に迄来てゐる悪人を悔改めしめ、犠牲者を少なくする其救ひこそ、神の大愛である事を知らせるのが本教の大神命である』

ということですので、このことが本来の私達の御神業であるということを重々分かっておかないと、時代に流されて変貌を遂げて行ってしまうということになります。

 

【平成27年7月メシヤ講座 旧大阪支部より】