御光話録12号 ①按摩と浄霊

(お伺い)

『光』新聞の記事に、大先生が日常按摩をおさせになられる由拝見いたしましたが、按摩の効用および御浄霊との併用について御教示をお願い申し上げます。勿論、教導師が患部に体を用いず、浄霊のみによるべきことは承知いたしておりますが、患部以外の箇所をするときや、あるいは疲労した程度の人々をいたします場合、つい浄化療法時代の魅力が捨てきれず体を併用している者もたくさんありますゆえ、失礼とは存じながらお伺い申し上げます。

 

『こりゃあ、違いますよ。浄霊には絶対体を使っちゃいけない。それじゃぜんぜん宗教じゃない、民間療法になってしまう。たいへんな間違いです。按摩のほうは気持ちがよかったらしていいですよ。私は気持ちがいいから、それでやらせるんです。凝ったときにはいい気持ちですよ。で、そのあとで浄霊してもらえばいい。それからまた、私を浄霊してくれる人はないですしね。(笑声)・・・それに私は字を書くでしょ。だから凝るんです。御守りの「光」は一〇分間に一〇〇枚書きますからね。一時間に五〇〇枚は楽です。ふつうの書体は三〇分で一〇〇枚ね。で、私も薬毒がずいぶん入ってますからね、だから凝るんです。このごろはとても減ったけれどまだ残ってるんです。』

 

(お伺い)

按摩によってともかく毒素が分散の状態になったとき、御浄霊によりさらに溶解する・・・ということは一応合理的のように考えられますがいかがでしょうか。

 

『これは結構ですね、いいですよ。肩の凝りなんか両方だとよけいに効きますよ。』

 

(お伺い)

そういたしますと併用でございましょうか。

 

『併用っていうのとは違いますよ。按摩は治すっていう意味からするんじゃない。按摩と浄霊とごっちゃにしちゃいけない。違うんですよ、揉むのと治すのとはね。』

 

(お伺い)

一般の按摩では、刺激を与えるためにそこに毒素が集まるということはありませんでしょうか。

 

『商売人はそうですよ。私もそうでした。玄人にさせるとよけい進むんです。素人ならいいですが。・・・だから、揉ませるのはいい気持ちだから揉ませるんで、それで病気を治そうとするのとは違いますよ。病気は霊が浄まらなくちゃ根本的には治らないんですからね。すべて固苦しく考えちゃいけません。それだからって、ぜんぜん区別しないで考えちゃ、これもまたいけないんです。区別すべきことは区別して、そのうえで固苦しく考えてはいけない。』

 

【御講話篇2 P299】