御垂示録25号 ①全て神様が監督している

(お伺い)

現在救世会館につきまして、咲見町のころには、もっと早くできる御予定であると拝聴しましたが、それが現実において遅れてきておりますが、この原因は金の不足と考えます。

 

『そうばかりではありません。また金の不足ということは、神様のほうで不足させるので、それは延ばすためですからしようがありません。私はもっと早いつもりだったが、神様が延ばされたのだから、それでよいのです。大本教のお筆先に「延びるのも早くなるのも、神様の都合じゃ」とあります。神様のほうではすべて時期は決まっているのです。ですから会館ができる時期も決まっているのです。しかしなにしろ神様も邪神と戦いながらやるのですから、その間には早くなったり遅くなったりはします。しかし結局はちょうど間に合うようになっているのです。神様の経綸というのはそういうものです。あなたは人間的の考えでいるから質問したくなるのです。ですから私でも神様に聞きたくなることがあります。なぜ神様はグズグズしているのか、と。人間のほうは早くなったり遅くなったりは始終あるのです。ですから神様のほうと、その時がピタッと合わないのです。というのは、なにしろ邪神との戦いだから虚虚実実で早くなったり遅くなったりするのです。』

 

(お伺い)

神様の必要な金は差上げ、お使いいただくというのが人間のなすべきことと思います。

 

『そうです。』

 

(お伺い)

私ども教団に奉職する者は、大いに金儲けを考えて、それを実行するのが真善美であると考えます。

 

『それは結構です。』

 

(お伺い)

そうして教団を見ますと、金儲けになる材料がゴロゴロしていると考えます。

 

『それは教団ばかりでなく、世の中にたくさん転がっています。』

 

(お伺い)

それで教団に職を奉ずる私は、

 

『その職を奉ずるという言葉が間違っています。奉仕というのが本当です。奉職と言うと、管吏や会社員でもそういう言葉を使います。』

 

(お伺い)

奉仕させていただく私として、教団の幹部に金儲けを材料によって勧告するということは小乗でありますか。またこの場合に、私の伊都能売の働きといたしますと、どうするのが伊都能売の働きでございましょうか。

 

『あなたは知らん顔をしておれば良いのです。教団の幹部がなにをやろうと、神様がチャンとやられるからいらないお世話です。そうでなければ神様は意気地がないようなことになります。あなたが黙っていても神様がうまくやられます。それよりか、あなたは一人でも多く信者を作るということです。教団の幹部の人に忠告するということは、あなたはたいへんに偉くなっています。そういうことはぜんぜん考えてみる必要はありません。あなたの役目は支部長だから、一人でも多く信者を作って発展させるということで、それでよいのです。第一注意するということは、欠点があるとか、あるいは自分の考えと違っているように思うから注意するのでしょう。』

 

(お伺い)

注意ではなく、私の考えとしては、例えば会社に職を持っていると、社長や重役が、

 

『ここは会社ではないので、教団なのです。そこを会社的に考えては駄目です。』

 

(お伺い)

そういうふうに考えましたので申し上げたしだいです。

 

『ところが神様がやっているのです。だから幹部は神様が監督しているのです。幹部が間違っているように思うのですが、私もどうしてああやるかと思うことがありますが、しようがありません。神様がやっているのだから、神様がなんとかしてくれると思っているからほうっておくのです。』

 

(お伺い)

私も奉仕ですから、神様がやっていると考えましてよいのでしょうか。

 

『そうです。すべて神様にお任せしておけばよいということで、私の本にたくさん書いてあります。あなたは御神書を読まないのですか。』

 

(お伺い)

そこで神様に任せることと、自分の奉仕する時所位において努力するという区別が分かりませんが。

 

『だから神様にお任せして努力するのです。あなたは切り離すからいけないのです。「人事を尽くして天命を待つ」で神様にお任せして努力するのですから、それでよいのです。いまの質問はたいへんよい質問です。そういうように思っている人があるかもしれないから、そういうことは大いに質問して、本当に心から分かるようにして働いたほうがよいです。』

 

 

【御講話篇9 P233】