御教え集11号 ②精神を転換するということが非常に良い

(御論文「私の考え方」朗読 「著述篇第一〇巻 五四〇-五四二頁」)

 

これはなにごとでもそうですが、浄霊なんかの場合も、つまり三〇分なら三〇分、一時間なら一時間ゆる場合にも、続けてやらないで、いったん気を入れて、そうしてやると効果があるんです。それで急所を見つけようと思って、一生懸命やるが急所が見つからない。それでいったん気を抜くと、すぐ見つかる場合がある。それも、そういった転換のためですから、転換するということが非常に良いんです。で、やってみてスラスラと行くことは良いんですが、ちょっと行き詰ったり、ちょっと考えに余ったり、解らなくなったときは、ぜんぜんそれから離れて他のことをやる。そうすると先のことがかえって解るものです。ですから私は一つの事を長くやらないようにする。たいていなことは左う金一時間以上やることはめったにない。御守りとか書を書く場合、たいてい一時間ですね。それから先はやっぱり能率が上がらなくて、上手いものができない。それからいろんな指図ですね。たいてい一時間から三〇分です。それでどんどん変えていくんです。そうするとその一つ一つが割合うまくできるんです。こういうことはつまらないことのようで、非常に仕事の上に影響があるんですね。それからなにか考える場合に、一つ事を考えていると結局解らなくなっちゃう。だからあんまり考えることはいけないですね。なんでも、少し考えてみて、こうと思う考えが湧かなければ止しちゃって、他のことを考えて他のことをするんです。そうして良い考えは刹那にフッと浮かぶものです。考え抜いて浮かぶものじゃないんですよ。ですから、よく相談なんかそうですよ。何時間会議をしたとか・・・よく聞きますが、そんなことで決して良い案は出るものじゃないんです。ですからいつか私は、信者の幹部の人で、会議をするのに三時間とか四時間したというから、駄目だ。せいぜい三〇分か一時間で、それで案が出なければ止したらいいと言ったんです。良い案というのは、一つしかないんです。三つも四つもないんです。一つしかないんです。ゴタゴタやっているのは、その一つが見つからないからやっているんです。よく会議とか代議士会とか、一つの事をゴタゴタやっていますが、その一つの良いことが発見できないからやっているんですが、発見できないということは、頭が悪いからですね。頭が悪いということは、頭が曇っている。曇っているということは、いまの人は薬を服んでいますから、そこで良い考えが出ないんです。

(中略)

話しは横道にいきましたが、結局人間は頭の働きですね。よく智慧と言いますが、智慧というのは、それから出るんですからね。だから宗教においても、智慧ということに非常に重きを置かなければならないんですが、その点において仏教でお釈迦さんが説いたのは、智慧ということに非常に重きを置いてますが、これは非常に良いですね。智慧証覚というと・・・お釈迦さんは覚者と言いますがね。覚りを得た人を覚者と言いますが、これはやはり覚者になると良い智慧が出るんですね。それから偉い坊さんなんかは大智と言いますが、大きな智慧ですね。そういうような智慧ということは、頭が良くなければならない。頭を良くするには、いま言う精神を転換させるんですね。そうすると頭は非常に良くなる。それをいま言ったわけです。

 

【御講話篇7 P332】