御垂示録29号 ②理屈に合って合理的のものならなんでも差支えがない

(お伺い)

田舎の信者で、御額の表装に出したいが、遠方であるために、列車には空いたときしか持ち込めず、歩いてというわけにもゆきません。損なわないようにして貨物で送るというお許しはいただけないものでございましょうか。

『それはよいです。これは心得ておかなければならないのは、神様は、できることをやらないのはその人の罪になり、それから、そうしなければどうしてもやれないというのはお許しになります。たとえてみれば、そこの家の人が、お天気を見るとか火事を見るとか言って、神様を祀ってある上に行くと罪になります。ところが屋根がいたんで雨が漏るので、屋根屋を呼んで、屋根屋が屋根に上るのは、それはそうしなければ直せないから、よいので、罪にはならないのです。チャンと理屈が成り立っていればよいのです。だからいつか言ったとおり、理屈にあって合理的のものならなんでも差し支えないというのは、そういうわけです。そうしなくてもよいことをそうすると、それは人間のほうが怠慢になる、というよりか、神様に御無礼になるのです。汽車で送らなければ他に方法がないという場合は、それでよいわけです。ですから私のほうで、アメリカに御守りを始終送ってますが、それより方法がないのですから、そういうのは決してお咎めはないわけです。』

 

(御講話篇12 p54)