五、光明の示顕とは

五、光明の示顕

本来神霊は肉眼に見得るものではないが、霊界に於いては想像出来得ない程の大なる光と熱とを放射し給うもので、其御神姿は崇高善美なる人間と同一の御姿である。そうして其御本体から放射され給うところの、その光と熱とは余りに強烈である為めに、常に水霊に依って包まれ給うものである。本来真の神は火のカと水のミを称して神と云うのである。火水の御働きをされ給うからである。故に火の働きばかりではカミではない。水の御働きばかりも神ではない。火水一致して初めて大神力が顕現されるのである。然るに今日まで諸々の神が地上へ示顕されたが、それは何れも一方の御働きであった。それが為めに神力と云うものが示顕されなかったのである。何となれば物質に於ても火と水合致によって動力が起るので、その動力によって機関の活動が起るのである。又草木に於てさえ太陽の光と太陰の水とによって、生成化育すると同一の理である。しかし大神力は火と水との外に土の精が加わるのであって、それを称して、三位一体と云うのである。此の力が現われた時、初めて人類は更生し、歓喜と幸福とに満ちた理想世界は出現するのである。本当の意味から云えば、今日まで出現された神も仏も、其光は月光のそれであったので、太陽の光は未だ顕現されなかったのである。月光のみであった期間を夜の世界と云うのである。

然るに弥々其時が来たのである。太陽の光が顕れたのである。それが東方の光である。私の描いた御尊像から光明が放射されると云うことは、それの一部を示されるのであり、又私が病気治しをする場合、手や指から種々の光が出るので、それを肉眼で見た人は幾人もあるが、それ等もそれである。是を以て見ても既存宗教には、未だ光明の示顕は無かったと言い得るのである。