体的には薬毒、霊的には曇りで最後は決定的清算が行われる

前にかいた処の太陽の精なるものは、勿論太陽の霊であるのは言うまでもないが、では何故今日まで地球上それが現われなかったかというと、これは大いなる神秘的理由がある事であって、それを詳しく書いてみよう。已に述べた如く人間は霊と体との両原素から成り立っていると同様、地上と雖も霊界と現界との両面から成立っており、その霊界も亦二つの原素から成立っている。その一つは霊気界、今一つは空気界である。そうして前者の本質は火主水従であり、後者のそれは水主火従であり、即ち陽と陰である。この理によって万物は太陽の精と月の精が抱合一体となって地球を哺育している。つまり父と母が協力して子を育てるようなものである。というように日月地の三位一体によって生まれるこれが自然力であって、これによって一切万有は生成化育されているのであって、これが宇宙の真相である。然もその中心としての王者が人間であるから、人間なる者は神を除いて最高位の存在である。この故に万物は人間の為に存在し、人間を哺育する以外の何物でもないのである。以上は人間と宇宙の関係であるが、ここに驚くべき大異変が近づきつつあるのである。それは史上空前の一大驚異であって、今日までの世界は夜の世界であったのが、今や昼の世界に転換せんとする、その黎明期が現在であるといったら、恐らく何人と雖も何が何やら見当がつかないであろう。そこで言うであろう。昼と夜とは一日の内にあるだけではないか。それを時代的に結びつけるなどは荒唐無稽も甚だしいとして一笑に付するであろうが、それも無理はない。私と雖も真相を知らないとしたらそう思うのは勿論である。併し私は神示によって知り得た以上、信ぜざるを得ないのである。然もこれは真理である以上、この文をよく読めば必ず納得がゆく筈である。

以上の如く火主水従の霊気界、水主火従の空気界の両素が渾然融合し大気界が構成され、この地球を囲繞しているのであって、五感で分る一日の昼夜なるものは、言わば体的昼夜であって、これとは別に時間を超越した霊的昼夜のある事を知らねばならない。これこそ最も重要な意義であり、宇宙の大神秘である。即ち現界の昼夜を無限大に拡げたようなもので、空と同様であるから人間には分からないが、併し規則正しく流転しつつある。然もそれが十年に、百年に、千年、万年といったように大中小になっている。その一期間は三、六、九合計十八になっており、これが宇宙の実相である。彼の釈尊が唱えた五十六憶七千万年後ミロクの世が来るとの説は、文字通りとすれば、余りに長過ぎて実際上無意味であるのは、全く右の数字を示唆したに外ならないのである。そこで前へ戻るが、今までの夜の世界は月の主宰であり、月は水であり体であるから、物質文化が発展したのであるが、それに反し昼の世界は日の主宰で、日は火(霊)であり、精神的である。又これを善悪に別ければ体が悪となり、霊が善となる。これが真理である。従って今までの世界は悪主善従であったのが、今度は善主悪従の文明世界に転換するのである。つまり悪主善従の為現在の如き地獄世界が生まれたので、これが長く続くとしたら、結局人類の破滅にまで及ぶのは勿論で、彼の原子爆弾の発見もその一つの示唆に外ならないのである。このように神の経綸の深奥なる到底人智などで窺知し得られるものではない。以上によって世界の今後の動きは略々分かったであろう。(中略)

ここで一つの重要事がある。それは前記の如く物質文化発達の途上長年月に亘って犯した悪主善従による罪穢の推積である。これを人間に就いていえば、体的には薬毒であり、霊的には悪による曇りである。これが霊界における火素の増量によって、浄化作用も旺盛となり、最後は決定的清算が行われるのである。これが又キリストの曰った最後の審判でもあるとしたら、この難関を切り抜けなければならないが、それに失敗したら何人も問わず永遠の滅びとなるのである。(中略)

【浄霊は科学療法なりより。著述篇12 P12 】