事業で奇蹟の連続

『栄光』146号、昭和27(1952)35日発行

   宮崎県 MN

私は、ある火災保険会社の地方営業所長として働いており、昭和二十一年九月、入信させて戴きました。
当時と致しましては、入信という一事が自分の将来の運命に、これ程の一大転換が約束されている事等、少しも予想しておりませんでしたが、悪魔の巣の様な暗澹たる病弱の一家は、これを契機と致しまして徐々に、春風漂う一家と変らして戴いたのでございます。その後、大光明如来様、御屏風観音様の御奉斎、家族四人共教修を戴き、家族揃って一意信仰の生活に没入させて頂きました。昭和二十三年半頃から、会社の業績は段々調子よくなるし、物質の面に面白い程の御恵を受けるようにならして頂きました。私は何事も徹底する方で、御神業の御用も、当時はこんなにも教会の御用ばかりに没頭していていいんだろうかと、自分ながらいささか不安に思う位の私でありましたが、今ではハッキリ御神業の御用を一生懸命やらして頂いている時は、社業の方も調子よく進むし、何かの関係で御用が面白くない時は、てきめんに、社業の成績が狂うという事を体験させて頂きました。
私は、仕事の特殊性から、毎月の給料以外に、相当の予期しない収入がありますので、その場合その額の一割以上を、必ず御神前に奉謝金として御礼さして頂く事にしておりますが、そうするとその翌日は、又予期しない金が這入って来ると言う工合に、つぎつぎと御恵を授かるのであります。何か大きな交渉事に打ち当った場合は、まず、最初にある額を御用さして頂き、光明如来様にひたすら御守護の御願いをして、後は一切お任せ申し上げていると、問題はスラスラと予想通りに行く場合と、半頃までは順調に進み、思い掛けない難関が現われて、二進も三進も行かないようになる事がありますが、それでも、これは何か神様の御都合だろうと何事も御任せしていると、最後の五分間で有利に展開して、問題が解決する場合と、色々過程は違いますが、一番良いようにして下さると覚らして戴き、本当に何の憂いも不安もない、神様の御守護の中の生活に、毎日感謝さして戴いております。このような調子で、社の成績は昨年同期の一カ月分の成績は、大概半月で挙げて仕舞い、毎月昨年同期の二倍以上の成績を示す様になりました。この事実が他の信者の信仰上に大きな影響を与えるのでございましょう。一例を挙げますと、去る十一月十九日、入信後、日なお浅いが、熱心に信仰しておられる金井田さんを、教会の用件で訪問致しましたところ、金井田さんは、沈痛な面で、「実は私は、十万円の銀行の手形期日が、明日に迫って各方面を極力集金してるけれど、どうしても見込が立たないのです。もしそれが旨く行かぬと銀行の信用を失い、致命的打撃を受けるので」と、苦悶の事情を披涯され、「どうしたらいいでしょう」との相談なのです。そこで、私は「それなら、まず御守護御願いの御玉串料を御神前に御上げし、一心に光明如来様に御守護御願いをしなさい。その場合、金が出来ぬと俺が困るからという想念でなく、商売が旨く行かぬと、御神業の御用が出来なくなるとの想念が必要です」と、私自身の信念と体験を話さして頂きますと、金井田さんは、早速教会に御参りし御願いされました。とどうでしょう。その翌日、金井田さんは、息もせきせき、挨拶も抜きにして、「水久保さん、出来ました。十七万円出来ました」と言って、私の所に飛び込んで来ました。余り唐突なので、私も面喰いましたが、銀行の金は十万円のところが十七万円出来たと、声を震わしての感激の報告なのです。偉大とも厳粛とも形容の出来ないこの報告に、一瞬私は胸を打たれました。その後、金井田さんは、銀行の信用も倍加し、四十万円の金を無担保で引出す事にも成功さして頂く等、事業は益々堅実に上昇の一途を辿らして頂いているとの事でございます。
事業面における御守護の一例を、簡単ではございますが、ここに謹んで御報告さして頂きます。
明主様有難うございました。

(昭和二十七年二月五日)