心臓弁膜症が奇跡的に快方に向かった話 ― 死を覚悟した娘が起き上がるまで

御書の中には、昭和の時代に実際にあった、たくさんの奇蹟のお話が残されています。

医学では見放されてしまったご病気が、浄霊によって快方に向かわれたお話。絶望の中から、ご家族で立ち上がっていかれたお話。どれも、当時を生きられた一人ひとりが、ご自身の言葉で書き残してくださったものです。

ここでは、そうしたお話を現代の読者の方にも読みやすい形に要約させていただき、随時記録として残してまいります。

どうぞ気長にお付き合いいただけましたら幸いです。

心臓病について

心臓病といえば、大抵は弁膜症の事をいうが、この原因は薬毒が心臓の周囲に固まり圧迫する為、脈搏不整、心悸昴進、呼吸困難等となるのであって、この強烈なのが狭心症である。狭心症の特異性は激烈な痛みと呼吸逼迫で、その苦痛は見るに堪えない程である。

そうして痛みは固結が溶解し、液体となって出口を求める為の神経の刺激であり、呼吸逼迫は液体となった毒素が、心臓を周囲から圧迫する為であるから、これも薬を廃めて自然にしていれば、必ず治るのである。


宮崎県 N・Y さんの体験(心臓弁膜症)

幼少期から心臓が弱く、女学校時代から医者に「運動は絶対にしてはいけない」と言われ続けてきた女性。

卒業後は京都の実家を離れ、宮崎郵便局に勤務するが、心臓発作を繰り返し退職に追い込まれる。

病状は悪化の一途をたどり、A医師、C医師、T医師と次々に医者を変えても改善せず、「弁膜がちぎれて半身不随になる」「心臓が破れる」などと脅されるように言われ続けた。ついには医者からも見放され、県病院のM博士まで呼ばれて「もう長くない」と告げられる事態に。友人たちはすでに香奠を包み、家族は葬式の準備まで進めていたという、まさに死を覚悟するほどの状況だった。

そんな絶望の中、京都在住時代の親友Hさんから浄霊のことを聞き、E支部・K先生を紹介されて参拝。10月17日に浄霊を受け始めると、8日目には心臓の不安が消え、22日目には床払いをして起床できるまでに回復した。

まず母親が入信し、続いて御屏風観音様もご奉斎して、日々の念願を続けていたとのこと。

翌年正月10日の夜、久しぶりに心臓が激しく苦しくなり、父親が1里(約4km)の寒い夜道を自転車で先生の教会まで走った。先生は「もう大丈夫、心配は要りません」と告げ、父は安心して帰った。

しかしその後、2月のある日を境に本人の気持ちが変調し、神様や先生自体を嫌うようになってしまう。御神体を疎ましく思う気持ちが強まり、母親が心配してその口を強くつねって止めさせようとするほどだった。先生からは「邪神が妨害しているのだ」と告げられる。

病も再浄化し、A医師からは「弁膜がちぎれて半身に廻り、不随になったので、悪くすると足を切断しなければならない」とおどされる。

やはり医学では駄目、浄霊でなければ治らないと思うようになり、母に浄霊を取り次いでくださったK先生にお詫びをしてほしいと頼む。

K先生が来て「もう迷ってはいけませんよ。医学がどんなものか良く分かったでしょう」とお悟しになられた。

それから決心し、浄霊を受けて再度回復。参拝も欠かさず熱心になられたとのこと。

私の一言

これだけの大病を患い、少しずつご守護をいただいていたにもかかわらず、途中で神様を疑うお気持ちになってしまわれた……。

それでも、ご家族の温かい献身があったからこそ、乗り越えることができたのだと思います。

また、当時の先生の深いお世話と浄霊の確固たる自信から湧き出る言霊がこの方の心を動かしたのだと思います。

そして、大切にしたいのは、ご守護をいただいたのですから、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではなく、

その感謝をずっと持ち続けることではないでしょうか。

なぜ回復の途中で、邪神の妨害があったのでしょうか。勿論曇りですがそれはきっと、ご本人の中にあった怠惰な気持ちや、ネガティブな思いが隙になっていたのではないでしょうか。邪神は、暗いところ、愛のないところに湧いてくるものです。

だからこそ、私たちは感謝の思いと、前向きな気持ちを持ち続けなければ、そこに隙を作ってしまうのではないでしょうか。

このお話は、私たち読者にとっても、たくさんの学びを与えてくれるお話です。

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naturallife4325

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