御守様まで外した大罪悪人を御許し下さり御救い戴く
兵庫県 A.M
明主様謹んで御守護御礼の御報告をさせて戴きます。
私は昭和二八年四月五日明主様の御赦しを戴き入信の栄に浴しました一農夫でございます。結婚後は農業に従事致しておりましたが、二八歳頃に腹膜炎に罹り永い間床に就き医者に頼り、天理教を信仰して恢復を希って居りましたが小康を得ず、本年三月一〇日頃より腹部に固結が三個も出来暫時痛みが伴うものですから、医師の診察の結果「脱腸だ」といわれ、又「腹膜だ、子宮だ」と次々に病名が変り、毎日激痛にて苦しみました。救世教の話も二年前に聞いて居りましたが、既成宗教を種々信仰致しました私には、信仰で病気が治るものではないと敬遠致して居りました処が、予期もしない三月三〇日、N先生と親戚のM様が訪問下さいまして先生から御浄霊を戴きました。不思議にも段々痛みが無くなり約四〇分後には猛烈な痛みもピタリと止り、気分も勝れて参りました。そして先生より浄霊の偉大なる御力について詳しく御話を伺い、現代医学迷信の夢より覚醒させて戴きました。その後四月五日に有難くも明主様の光明の御手に抱かれる一人とならせて戴きました。
なにしろ二〇日間というものは激痛の為食欲不振で起上る事すら出来なかった私が、教修の当日より不思議にも起き上られ、三日間の教修も何等苦しみはなく、御守の拝受日はH支部迄(約六里)乗物を利用して御参詣させて戴く事が出来ました。この日の感謝感激は表現する術を知りません。
明主様御西下の際は是非御面会戴かれます様にと連絡も戴いて居りましたが、何時激痛が起るか判らないという不安が強く、自分勝手に解釈して御参詣もさして戴かず、気持ちも落ち着かずに居ました処、四月九日の朝より腹部が腫れて来まして苦しくなり、遂に身体全体がパンパンに腫れ上り、小便は止り、意識は薄らぎ、家族、近隣の者は医者に駆けつける始末。教会の先生は京都に御参詣なさって御不在、只明主様にお任せするより外に術はございません。止むなく家人が医師を迎え小便を出してもらいました。皆の騒いでる声にふと気付きました。医師は、「一時間もおそければ命の無い処であった」と申して注射をして帰りました。その後又も私を暗黒の世界へ誘う様に皆各々に「神様もよいがこんな時にはやはり医者ですね。一時間おそければ貴方はこの世の人ではなかったのだ、前のは一時的で瞞されていたのだ」と申します。
遂に私もその言葉につられて妥協してしまいました。暫くは苦痛も治まっていましたがも暫時身体が重苦しく感じられ又も腹部の固結は痛み始めました。その後一二日に教会より先生がお越し下さいました。九日の模様を報告致しました処、先生は「それは苦しかったでしょう。浄霊さして戴くと奇蹟的に楽にして戴けましたでしょうに」と申されました。「その我慢しておれば私は今時分この世におりませんよ、もう先生に来て頂かなくても結構です。私は医者にかかります」ときっぱり断ってしまいました。先生は「呉々もお大切になさいます様に」と言って帰られました。四月一四日から段々痛みは増して来て又元通りの激痛に苦しみました。医師を呼び寄せ注射しましたが一向によくならず、益々痛みは激しくなるばかり、その時ふと「これは申訳ないことをしてしまった。あんな事申して明主様に御無礼を働き、先生には不快を与えてしまった」と心の中で御詫び申し上げ御念じ致しましたが痛みは止りません。いくら御詫びしても神様はお許し下さらないのだ、もう死を待つより外に術は無い、だがまだ死にたくはない。こうして苦悩の日は二日過ぎ、一六日の朝は御守様まで外していました。自暴自棄になり体を横に投げていました処が、丁度午後二時頃と思います。眠気を催した瞬間、美しいお顔の老人が現われ丁寧に腹部を約一時間位御浄霊して下さいました。ふと目が覚めると夢でございました。夢をたどってみますと、美しい老人と申しますのは、支部に御祀りしてありました明主様の御写真と同じ御方でした。有難くも明主様直接御浄霊下さいましたのです。思えば御守様まで外してしまった大罪悪人を御許し下さいまして御浄霊戴き、腹部の固結は無くなり痛みは止り、空腹を覚えお食事は何十年ぶりに美味しくて頂戴致しました。絶大なる御守護に御礼の言葉もございません。直に御守様を身体につけさせて戴き、明主様にお詫び申し上げました。その後N先生にもお会いし御詫び申し上げました。先生はあれ以来明主様にお任せし良い様にして戴く様御念じして下さっていましたそうです。元気な私の顔をみて非常に喜んで下さいました。先生は「偉大なる御神徳を戴き今後どうして御報いさして戴きますか。新しく生命を戴かれた貴方です。私有物ではなく、神有物にならして戴いたのですよ。貴方の信仰如何により神様はどの様にでもなさいます。」如何なる邪神が歯向いましょうとも、明主様の御意図の万分の一にでも御報いさせて戴かなくてはならぬ事を肝に銘じ、道行く人、病人を訪ねてこの福音を御伝えさして頂いております。
如何ならむ罪も赦させ如何ならむ
罪も尤むる天地の神
御讃歌にございます通り、大変な御無礼を働きましたにも拘りませず
御赦しいただきました。
嬉しきは地獄にも似し我過去 いつしか忘らひ天国のさま
明主様何卒大罪を赦し戴きまして、地上天国建設の大御業に御用の一員として御使いいただきます様謹みて御願い申し上げます。
明主様有難うございました。
(昭和二八年七月二六日)
【著述篇 補巻3 P486】