やるかやらないかは一人一人の自由である
そして、問題解決の中では今回書かせていただいたことプラス・・・メシヤ様の御教えを拝読すればするほど、日々の生活の中で同じ問題を起こさないための実践徳目とも言えることがズーッと網羅されております。再度問題を起こさない、問題が起きるというのは、霊の曇りが発生するために起きてくる訳ですので、“霊の曇りを発生させない生活をいかに私達は歩んでいくか”ということが信仰生活ということになります。
霊の曇りを発生させないためには、日々心言行に気を配っていくということと『霊体一致の法則』に沿って所謂“毒素”を自分の体の中に溜め込んでいかない、ということであります。食べ物に気をつけて行く、住環境に気をつけて行くことでもあります。つまりは「衣食住に気をつけて行く」ということが、大事なことになっていきますので、メシヤ様から示されていますことを、ただ知っているというだけではなくて、それを生活の中に、いかに実践していくかということを、一人一人の課題として今日からですね、更に取り組んでいただきたいと思います。
そういうことを進めて行くのが、メシヤ様が「水晶殿」御遷座の際にお話になりました、『御神業の本筋』ということであります。メシヤ様は我々に真理を説いてくださいました。説いてその内容を自分の生活に中に取り入れて、『やるかやらないかはご随意に・・・』という御姿勢をメシヤ様は明確にしておられますので、我々がそれを自分の中にしっかり受け止めて生活をして行くか、あるいはして行かないかは、我々の全くの自由な訳です。自由であるからこそ、支部の中で、信者さん方の中で、それを採用してやろうがやるまいがこれも自由な訳です。
支部を預かる責任者としてはイライラすることもあります。「この前言ったのにわからんなあ・・・」というようなことが日々起きてきます。これこそは、メシヤ様が『御随意に』と仰っておられた結果としてある訳ですので、救われる道を歩んでいくか、救われる道から遠ざかっていくか、ということは一人一人の自由なんだということであります。
しかし、私達はオバマ大統領が話したことと同じように・・・、ズーッと建国以来受け継いできたものを、一歩たりとも揺るがすことなく、自分が受け継いで、そして、進んで行ったことと同じように・・・、メシヤ様がお説きになって、進めようとされたことを受け継いで、そして私達がそれを一歩たりとも緩めずに着々と歩ませていくということが大切であろうかと思います。