誉田御廟山古墳【応神天皇陵】

大阪府羽曳野市誉田にございます。

仁徳天皇陵に次いで第2位の大型古墳です。

応神天皇は第15代天皇で日本書紀での名は誉田天皇

記紀には渡来人を用いて国家を発展させ、中世以降は軍神八幡神としても信奉されました

出生地  福岡県宇美町

生年月日 西暦201年 1月5日

死亡日  西暦310年 3月31日 奈良県橿原市

両親   神功皇后 仲哀天皇

(ウィキぺディアより)

全国多くの八幡神社に御祭神として祀られ、源氏の氏神様でもあります。

大分県の宇佐八幡宮を総本社

『私は応神天皇、光明皇后、聖徳太子、画家の光琳、源義経などに生まれたのである。
おもしろいことは右の因縁で最初麹町へ治療所を出したときは応神堂と名づけたし、以前小間物屋を始めたときは光琳堂と名づけた。右いずれもそのときはなんにも知らなかったが自然そういう名が浮かんだのである』
 
『応神天皇がある執着のため、龍神に堕ちていられたので、救われたいため私に面会を求めたのである。それによって人間に救われ、元の応神天皇となったので、知らせることができたのである。そのありがたさにより、今後は大いにお手伝いをされるから、いずれ現実に分かるはずである』
 

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