重大な決意に基づいて御神業に身を捧げている各責任者
また、支部責任者及び出張所責任者、資格者には、食品添加物をはじめパーマや毛染めなどに関して厳しい自主規制を求めています。しかし、これはその他の人(会員)には求めている訳ではありません。
明らかに資格を得て更に上の『霊の行使』を許された人に課したものなのです。何故、それ程厳しくさせていただいているかという点においては三重支部・メシヤ講座、岡山支部・メシヤ講座を参考にしていただきたいと思います。連続して掲載します。
「メシヤ講座・三重」より
○『御教え通りにやる』ことが本当に“一生懸命やる”ということ
(先生)ですから、その人が信仰を〝一所懸命やっている″というのは形だけをやっているのであって、『御教え通りにやる』ということが本当に〝一所懸命やる“ということなのですよ。
ですから〝一所懸命やっている″とあなたが見たことが間違っていたのです。〝あれは信仰不熱心なのだ“と思っておかねばいけません。
(質問者)ああそうですね。教団の方針に熱心なのかもしれません。
(先生)そうです。方針に熱心なのであって信仰に熱心ではないということです。
(質問者)純粋に求めてやっておられると思うのですけどね。
(先生)だから純粋だということは〝前世は極悪人だったのだ“ということです。(笑い)
(参加者)極悪人は前世は純粋だったということですか。
(先生)いや、そういうことではありません。
今は非常に善人だけども恵まれないという人達は〝前世は悪人だった人が多い″ということです。
そういうことで言うと、教団代表は前世は超極悪人だったのでしょう。それから支部責任者は超極悪人の下の極悪人ですね。ですからこうして家を提供してね、無私の状態でしょう。家庭ということがほぼない状態で夫婦でしないといけない状態になっているということは相当前世で人をね・・・(一同大笑い)
まあ、人を苦しめたということは立場のある人間だったということです。上に立てば立つほど大変大きな罪を犯していたのです。底辺の人のほうが罪は犯さない訳です。戦国時代の大将であれば、その人の命令で相手も味方も何人も一度に死んでしまうのです。ですからその時に大将に来る想念というのは相当なものなのです。
だから「大変でしたねえ」ということです。
代表の私の前世なんかはもっと酷いことをやっていたのでしょうね。ですから、身を全て捧げて御神業に歩かないといけないということです。
(註)この姿勢がなければ、『神の言葉は人の口を使って伝える』という捉え方ができずに、結果的に人の意見を聞けないことになります。
ほどほどに信仰する人というのは前世は善人だったのでしょうね。自然農法で今やっている人は前世でも善人だったのでしょうね。