御教え集28号 ①自然が私の方針
救世教というのは、やっばり宗教ではないのですかと言うのです。
だから私は宗教ではないのだ、宗教以上のものだと言うと、それではどういうわけで宗教という名にしたのですかと言うのです。
文部省の役人もいましたが、宗教よりほかにこういうものを入れる項目がないから、取り扱い上宗教の中にしなければしようがないから宗教という名にしたと言ったのです。だからしようがないです。ほかになにか名をつけるよりしようがありません。と言ってました。そういうような具合で、これからだんだん表面的活動になってくるのです。しかしこっちでわざわざそうするのではなくて、世の中からそういうふうにし向けられるというようなわけで、自然です。
それでこの自然が私の方針なのです。
つまり自分で「オレはこうだ、オレはこういうことをする」と言って最初から大手をきってやるというのではなくて、コツコツとやっているうちに世の中からいろいろなことを言ってきて、希望してくる、というように発展して行くというのが自然です。いつも言うとおり、物が育つようなやり方でゆかなければいけないというのはそういうわけです。
【御講話篇11 p214】
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