卵巣を摘出された私が子宝を授かった話 ― 医者に可能性は薄いと言われた日から出産まで
平成の奇跡の記録では、メシヤ講座での体験談や、
奇跡を随時アップさせていただきたいと思います。
奇蹟的に子宝を許される
私は以前、メシヤ教と教祖を同じくする某宗教に入っておりましたが、方向性に限界を感じ退会しました。
それからは、一人で考え納得の行くあり方でがんばっておりました。
その後の平成9年頃から、たびたび腹痛が起こるようになりました。痛みが強くなる一方なので診察を受けたところ、盲腸と診断されました。痛みに耐えかねて、手術を受けることにしました。
ところが、手術後に医者は「盲腸ではなくて、卵巣が腫れ上がっていたので切ったよ」と言うのです。なんと盲腸ではなくて、卵巣が赤ちゃんの頭くらいに腫れていたそうなのです。右側の卵巣だったので盲腸と判断したらしく、しかも私の了解を取らずに切除したのです。
突然のことでパニックになりました。「子供を産めなくなったらどうしよう…」と思いました。そして数ヵ月後、左の卵巣が腫れ、9センチにも大きくなってしまいました。私は、その後結婚しましたが、「子供を授かるのか?」と不安で不安で仕方ありませんでした。
メシヤ講座に触れ、メールを送る
そんな時にインターネットでメシヤ講座に目が止まりました。読んでみると、現代の出来事について分かりやすく解説されていてとても為になり、興味が湧きました。自己の勉強も限界がありましたので、メシヤ教のホームページを見つけて感謝致しました。
そして小冊子を送付していただけるようにメールを送りました。5日後にメールのお返事が届きまして、メシヤ教の成り立ちと取り組み内容、とりわけメシヤ講座の開催方法と趣旨について説明が加えられていました。その中に『個々人の問題解決』と『時代に活き活きと生きる方法』とありましたので、幾つかの質問を沿えてメールを送りました。
そのお返事の中で、御神体については直接お話し合いをして趣旨を理解いただきたいこと、月に一度車で松原市を通過しているので連絡がほしいこと、そして卵巣については、ご主人が浄霊に対する理解があれば浄霊の仕方をお教えする、もしないのであれば御神体をいただいてその前でいただくとよいこと、子宝については「許され事です」と教えていただきました。
私は、「卵巣が悪くても、神様からのお許しがあれば子供はできる」と受け止めました。そして、楳木先生にお会いする気持ちになりました。
御神体御奉斎を決意した時、妊娠…
初めて先生にお会いして色々とお話を聞いていただきました。そして御神体御奉斎を申し込むことになりました。
そうしましたら、しばらく経った頃、なんと妊娠しました。初めは「ウソだ」と思い、何度も病院で確認に行きました。すごくすごく嬉しかったです。妊娠3ヶ月頃から悪阻(つわり)がひどくなったり、出血したり、流産の危機もありましたが、その都度ご指導をいただきながら乗り越えることができました。
現代の問題を教えに照らして的確に解説いただけることが、本当にありがたかったです。
そして今年3月26日、3730gの元気な男の子を出産致しました。医者からは子宝の可能性は薄いと言われていたので、まさか母になれる日が来るとは思わずあきらめていましたが、今母になれた現実にただただ言葉では言い表せない感謝でいっぱいです。
ありがとうございました。
私の一言
これは、私自身の記録です。
卵巣を、了解も取られないまま切除された時。残った一つも9センチに腫れていると告げられた時。私は本当にパニックになりました。結婚しても、「この身体で子供を授かれるのだろうか」という不安が、いつも胸の底にありました。
今こうして書き残しておきたいのは、私も一度、道から離れた人間だということです。教祖を同じくする教団に入りながら、方向性に限界を感じて退会し、それからは一人で考え、自分なりに納得のいくやり方でがんばっていました。決して、まっすぐに歩いてきたわけではないのです。そして、どこにも属さずに浄霊だけで乗り越える限界を知りました。
教祖を同じくする分派は数多くありますが、その中で、こちらは純粋にメシヤ様に向かっておられる。
そう感じられるところがあったのだと思います。
御神体の前でいただかなくてはという必死思いでした。左の卵巣も9センチですから、いつ手術と言われてもおかしくないほどで、
なんとか医者に伸ばして頂いておりました。時間がなく、藁にも縋る思いでした。
他の教団にもメール送ったとおもいますが、返信があったのはメシヤ教だけでした。
楳木代表にお会いさせていただき、「子宝については、許され事です」というお言葉をいただきました。
医学的には可能性はほぼ不可能だと言われていました。けれども、神様からのお許しがあれば授かることができる――そう受け止めた時、私の中で何かが変わったのだと思います。そして御神体御奉斎を決意し、申込をさせていただいた、まさにその月に、妊娠していたのです。
もちろん、そこからも平坦ではありませんでした。極度のつわり、出血、切迫流産の危機。何度も不安になりました。けれども、その都度ご指導をいただきながら、一つひとつ乗り越えることができました。
実践した内容は、自然米にし、できるだけ自然野菜を食べること。
出血が酷かったときは、トイレ以外動かなかったこと。
そして希望を持ち、毎日お腹に語り掛けていました。
メンタルも大事だと思います。その時もう一方、小田原の先生にもご教導賜っておりましたが、「もう流産してもいいと思いなさい。執着を手放しなさい。」、「すぐこちらに来なさい」と言われていました。出血が酷かったので楳木代表にお伝えしますと、「そんな身体で動いてはいけません。大切にしなさい。」と言われました。すごく迷いましたが常識ある代表の優しさを選びました。
あの時、無理して新幹線で向かっていたら、もしかしたらダメだったのかもしれなかったと思います。
人生のターニングポイントでした。
昭和の記録を読んでいると、時代が違うだけで、人の心の揺れは何も変わらないのだと感じます。疑い、迷い、あきらめかけて、それでも導かれていく。私自身がそうでしたから、あの方々のお気持ちが、他人事とは思えないのです。
もし今、医学的に難しいと言われて心を痛めておられる方がいらっしゃったら。あきらめていた私にも、こういう日が来ました。
この体験が、どなたかの支えに少しでもなれましたら幸いです。
現在は三人の子宝に恵まれ、自然育児で息子達は成人し娘もすくすくと元気に成長しております。
頂いた奇蹟の感謝報恩を今世の御神業でお尽くし申し上げたいと、現在も強く進ませていただいております。
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