観世音菩薩の御本尊は伊都能売神

お釈迦様は仏教の開祖ですが、そのお釈迦様に教えを垂れられた御方が、実は観世音菩薩であられる伊都能売神で梵語ではアバロキティシュバラでございます。

(文明の創造に記されておりますのでご参照ください。)

伊都能売神は約2600年前当時日本の最高地位であられたのですが、素戔嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、地位を狙われ威圧や迫害によって生命にも及び急遽御位を棄てられ日本を脱出され、それからの日本は弟神の天照天皇が引き継がれたのですが、御教えによりますと、天皇は俄に崩御され皇后を立てたとあります。

そして素戔嗚尊との天の八洲河原がありますが、これは比喩であり、実際は素戔嗚尊が3人の息女と天照大神は5人の重巨を呼んでこの五男三女を證人とし、誓約され、その場所が近江の琵琶湖であるそうです。

伊都能売神は伊邪那岐、伊邪那美尊の長男であり、次男が天照天皇、三男が神素戔嗚尊、長女が稚姫君命、二女が初稚姫君命と記されております。
その長男であり、日本統治をされておられた伊都能売神が支那を通ってインドへ落ち延びられました。


そうして観自在菩薩の御名によって、当時印度の南方海岸にある補陀洛といふ名の余り高からず山の上に安住せらるべく、新たなる清き館を建てられた。(中略)当時まだ善財童子といふ御名であった若き釈尊は、此説教を聴聞して、其卓抜せる教に感激すると共に心機一転してそれ迄の悉逹太子といふ皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊れてゐた俗界を離脱し、直ちに檀特の山深く別け入り、菩提樹の下石上に安坐し一意専心悟道に入るべく、修行三昧に耽ったのである。

「文明の創造 宗教篇 伊都能売神より」

それからお釈迦様は釈迦牟尼如来として仏法開示に取り掛かられました。

・観音様は日本の神様で、伊都能売之大御神とも、国常立大神とも、天照大御神様にもなるんであります。

・『古事記』には世を浄める神と出ている。日本を脱出して支那からインドに渡り庵をつくり観自在天となられた。観音様は日本人ですよ。だから釈迦や阿弥陀は頭の毛が縮れているが、観音様は縮れてないんです。なぜ逃げたかというと、それは素戔嗚尊に命をとられようとしたからです。

御講話

また、伊都能売大御神様は古事記に少ししか書かれておられませんが、メシヤ様は時期尚早の為ボカしていたと仰せになられております。

伊都能売大神のことは言えなかった。いい加減にボカしてあったんです。天照皇大神は太陽神で、位は上だがお働きは限られる。伊都能売大神は火と水で、仏界では観音様になる。これに土のお働きが加わって弥勒になるのです。天照皇大神は一つの力であり、伊都能売大神は二つ、弥勒大神は三つの御力となり、これが三位一体で完全になる。

御光話録

伊都能売大神様は、一方インドにて観音になられ、一方は兄の花姫尊(梅の花)となられて富士山に御鎮まりになられ、又一方は金龍となって近江の国の琵琶湖へお隠れになられたのである。其故富士山と琵琶湖を邪神に占領されたならば、日本は危険であるからである。富士山は何故大切かと言うと、人間で言うと富士山が臍であるからである。人間の体としても臍は一番大切な処とすればその意であるからである。この為兄の花姫と成られ、金龍となられてこの二ヶ所を守られたのである。

豊雲野尊は国常立尊の妻神であるが、夫神様の犠牲となられ坤の方へ御隠退になられた。坤の方とは鬼界ケ島の事である。日本の西南に当る処である。此の神様が思兼尊(おもいかねのみこと)である。又一方別れて木の花咲耶姫命になられてインドに行かれて釈迦となられたのである。木の花咲夜姫命の木の花は桜の花の事である。

観音講座 第三講座

伊都能売大御神様は観世音菩薩であり、国常立尊、天照大御神で金龍であられ、妻神様は釈迦、木の花咲夜姫命、豊雲野尊、銀龍です。