御教え集26号 ②急所を発見すること、それから順序を間違えないこと

それからこれは参考になるからちょっと話しておきますが、この間ある支部で、一生懸命に働いていた人が、ちょっと理屈に合わない変なことがあったのです。その事情は言えませんが、それで私は変だと思って、その支部を監督している中教会とその変な人もチャンと良くなって一緒に来ましたので聞いてみると、そこは出張所になっていたのです。・・・中教会は地方にあって、東京に出張所をやっていたのです・・・出張所をおくということは別に悪くないが、そこの支部長がいないのです。支部長がなくて出張所があったのです。それは嘘であって、それを知らせるために神様がなさったのです。ですから支部は結構ですが、支部長がいなければならないのです。支部長がいなければ、もしかそこの信者が病気とかいろんなことがあった場合に、中教会は地方にあるのですから、支部長という責任者がいなければならないのです。それで「それは閉鎖しろ、支部長ができたらやるように」と言ってやりました。ですから理屈に合わないときには必ずお知らせがあります。ちょっとでも変なことがあると、それをすっかり調べてみると必ずなにか間違ったことがあります。ですからそういう理屈に合わないことや、なにかおかしなことがあると思ったら、そこを考えて、どこかに間違ったことがあると考えると必ず何かあります。それもこれもやっぱり智慧証覚がないとそれを発見することができないのです。ですから急所を発見することと、それから順序を間違えないことです。この順序を違えるということはよくあります。違えるということは、気がつかないのです。それから知らないことがあります。例えばこれを先にやり、こっちを後からやるという区別が分からなかったり気がつかないことがよくあります。そういうことはちょっと面倒なようですが、それを知ってしまうと無意識で順序を正しくします。霊界は霊主体従であるとともに、それから体主霊従のこともたくさんあるのです。しかし結局は霊主体従になりますが、一時的には体主霊従のことがあるのです。というのは最近のことで、この間放送局で録音をとりに来たのです。・・・その放送の予定は明日の午前一一時半ですが、これは私と、立成佼成会の会長の庭野という人、PL教団の御木徳近、もう一人、日之教とかいうそこの教主と、四人が出る予定ですが・・・最初一〇日くらい前に来たときにしゃべったところが、どうも思ったようにしゃべれないのです。なんだか圧迫感があるようなのです。それで私は気に入らなくてしようがないのです。だからテストしてみて具合が悪いと思ったらもう一度やるから、遠慮なく来てもらいたいと言ったところが、先方でもそう思ったせいか間もなく来て、今度は私は無事にやれたのです。それで前にやったときにはどうして思うようにゆかないかというと、坐る位置が違っていたのです。先方が上座でこっちが下座になっていたのです。ですから仮に坂なら、先方が上でこっちが下です。そのときには気がつかなかったのですが、後でさっきはどうも変だったなと思ったら、順序が違っていたなと思ったのです。それは上座でなければならなかったのです。このことは無理にしなくてもよいが、肝腎なときにはその位置が非常に影響するということがよく分かります。ですから浄霊の場合でも上座に坐ると効きが大変違います。上座から下座に向かってやると効きがたいへんな違いです。然し急なときにはそうはゆかないことがあります。怪我をして出血が多いというときにはすぐにやらなければならないが、やっぱり臨機応変にやらなければならないのです。こういうことも急所なのです。

 

【御講話篇11 P68】

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